星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第三話 鮮烈


 ── いっぺんに色々起きすぎて驚きばかりだけど、今の状況をどうにかして切り抜けないと。


 「思ったはいいが、これは俺に操縦できるんだろうか」

 意気込んだはいいが、状況を掴みきれていないことから弱気な呟きをする。意図せず乗り込んだとはいえ、戦場である。状況は刻一刻と変わっていく。

 先程、目前にいた不明体を倒したはいいが、個々に街へ無差別攻撃を行っていた他の不明体がトオジが搭乗している機体へと続々と向かってくる。


 不安になっても、弱気になっても現状で正体不明体群に立ち向かえる軍隊も集団も個人もトオジが搭乗している機体以外に存在していない。そのことに気づいたであろうトオジの表情が、やや薄笑いで引き攣った表情から覚悟した者の表情へと少しずつ変わっていく。

 覚悟を決めたトオジの見据えている正面スクリーンに一体、二体と不明体がその姿を見せてくる。


 ── さっきのやつとほぼ同じ? 全く一緒か?

 目の前に現れた不明体を見て、トオジが不明体への印象を抱く。厳密には不明体ごとに多少の違いを見せているものの、今初めて尽くしを味わっているトオジには少しの違和感は持てど、そこまで細かい違いについて気づく余裕はなかった。


 「・・・っ」

 トオジの生唾を飲み込む音が聞こえる。トオジは今か今かと動こうとしていたが今一歩気後れしてタイミングを失っていた。その矢先だったのだろう、目前に迫る不明体がトオジに向かって徐に砲口を向けたと同時に砲撃を行う。

 砲撃を合図としたかの如くトオジが搭乗している機体は僅かばかりに前傾な姿勢を取り、目の前に位置取っていた不明体の前まで弾ける様に飛び出す。トオジが搭乗している機体の背面が強く輝き、背面にあるスラスターが機体を押し出すように火を吹く。

 懐に潜り込もうとしたこと自体、トオジの思惑であったようで今度はトオジに驚きの表情は見られない。25m超級の巨体とは思えぬ速さで不明体の懐へと飛び込んだらすぐさま先ほどと同じようにトオジが搭乗する機体は不明体の駆動部を拳で貫く。生唾を飲み込み気後れして出遅れたとは思えぬ速度であった。


 二体目撃破後は相手も待ってくれず、撃破が認められると同時にすぐ傍に来ていたもう一体の不明体が発砲をしてくる。

 今度の不明体は先ほど二体のような砲口ほどの口径もないようで、口径の比率としてはマシンガンやハンドガン程の連射型の兵装のようである。いずれも実弾のみであった。


 二体目撃破の場所で激しい連射を受けたトオジの搭乗する機体だが、掃射後の粉塵が晴れるとそこには駆動部を粉砕されて沈黙する二体目の不明体のみでトオジの搭乗する機体の姿はない。連射を行った不明体はトオジの乗った機体を見失ったようで周囲を探るような挙動をする。

 しかし、不明体がトオジの搭乗する機体を感知するよりも早くトオジが搭乗する機体は連射した不明体の駆動部と思われるところを不明体の背後から拳で貫く。


 トオジが搭乗する機体は連射が行われると同時に姿勢を取り直すことなく背面と脚部にある左部スラスターを稼動させて着弾前から粉塵をまわさせ、舞った粉塵に紛れる様に回避行動へと移り、連射してくる不明体の後ろへと高速移動を行っていた。それだけで気づかれぬうちに不明体の後ろを取ったのだがこの動きの凄さにトオジは気づいてすらいない。


 対峙する前の弱気な言葉はどこ吹く風か、もうすでに操縦できていることに疑問の余地を挟むような雰囲気も表情もトオジから発せられていない。むしろ、出来過ぎている結果で少し以上にハイになっていってるようにも見受けられる。


 これで三体沈めたとはいえ、周りにはまだ不明体が存在している。トオジは周りを見て今度は待っているかと自ら不明体の元へと飛び出すように駆ける。不明体はトオジが向かってくることに慌てることもなく淡々と攻撃態勢に移りだす。


 トオジが背面スラスターを噴かせて不明体へ一直線に迫ると不明体は待っていましたと言わんばかりに、杭のようなものを一射、二射、三射と間断なく続けて打ち出す。トオジは一射目を搭乗している機体の右背面のスラスターを噴かして右半身で躱すと、その勢いのまま杭の側面を両断するように右手刀で叩き割りつつ更に踏み込む。二射目に対しては先ほどとは反対の左背面にあるスラスターのみ噴かせて左半身になるように杭の側面に出たところを左手刀で叩き割る。勢いを殺すことなくそのまま三射目は不明体が射出したと同時に右手で杭を掴み、そのままお返しとばかりに相手の駆動部へ叩き込む。


 まさに一瞬の早業である。実際はトオジが搭乗している機体の性能のお陰でしかないのだが、これが今さっき乗ったばかりで更に経験もしたことのないと言われても信じてくれるものは誰もいないのではないだろうか。


 ここまでの戦闘を行い、明らかにわかったこととしてはトオジの搭乗している機体と不明体には覆しようのない機体による歴然とした性能差が存在している。元々、襲撃を受けて這う這うの体よろしくのように命からがら逃げ延びようとしていたものの事ここに至っては、トオジの方が力に物を言わせるかのような光景となっている。因果応報とはよく言ったものを体現した形であろう。


 当の本人であるトオジは全く気づいていないのだが、不明体は別に図体だけの鈍足(ウスノロ)であったりするわけでもなく、かといって扱っている武器の弾速や威力がしょうもないわけでもない。人なぞ一瞬で消し炭になる爆裂砲撃、建物ですら数分とかからず跡形もなく崩せる威力の弾丸や杭などである。速度であってもリニア斯くやといった速度で動いている時もある。事実、襲撃があってから一時間どころか一〇分も経っていない。

 では、何がこうも差が出ているのかはトオジが搭乗している機体の性能という他ない。現に人が耐えられる慣性を超えた瞬間の動きもしているがトオジには至ってダメージも見られなければ、一体目の砲撃では機体が無傷で耐えている。

 そうするとトオジが乗りこなせていて凄いのではないかとなるがそうでもない。トオジ本人は今まで他のロボットに乗ったことなどないので気づいていないが、トオジが搭乗している機体ほどの性能を持っていたらパイロットには手にあまり、機体に振り回されるのがオチである。

 鑑みてもなんとも言い難いがトオジが乗りこなしているのではなく、機体がトオジに合わせてるかあるいは機体がトオジを乗りこなしているとなんとも不可思議な表現が当てはまってしまう。



 現状、その圧倒的な性能差でトオジは搭乗するロボットの両拳のみで迎撃を行っている。トオジ本人はそれで乗り切れているのと扱いをわかっていないことにより、レンジ兵装が備わっているかにまで気が回っていない。ハイになりつつあるのもあるだろうが、今のところトオジは意図せず遠距離攻撃手段を取っていないことで、周りへの更なる被害をトオジの機体周辺だけに押し止められていることに本人は気づいていない。それにより衆人の目が集まりだしていることもトオジには気づくこともなかった。


 襲撃を受けていた者達も今の状況を目の当たりにしたら強烈な印象として生涯、記憶に残ることであろう。

 今日ここにいて、その目に焼き付けた人々はトオジも含めて、これから後に歴史へと刻まれる一大事件の生き証人となるのだから。今はそのことを分からずとも。




 ここからはもう止まることはなく、トオジの乗ったロボットが八面六臂の活躍をし続ける。


 「周り見た限り、あと四体!! いけるっ! いけるっ!」

 トオジ自身への鼓舞か落ち着かせるためかの独り言が聞こえる。建物が遮蔽物となって見えていなかったが、三方向から二体、一体、一体と計四体の不明体が姿を現す。不明体ではそこまで遠距離武装はないのか、先ほどまでの不明体達も姿が見えるまでは攻撃をしてくる気配もなかった。


 まず固まっている二体の方へと弾き出される様に駆け出す。駆け出すと同時、トオジが搭乗している機体がいた場所に二発の着弾があり、激しく爆発を起こす。トオジが駆け出したのとは別の方向から同時に砲撃をしてきたようだが、時すでに遅くトオジが搭乗している機体はそこにはいない。


 トオジが搭乗している機体の背面にあるスラスターが軽快に火を吹くともう目標とした不明体まで、目と鼻の先ほどの距離まで詰めている。強度、運動性能、反応性能が段違いであるのは先ほどから明白であり、当たり前の状況となっている。


 今度の不明体二体はそれぞれ杭打ち型とマシンガン型の近中距離タッグの武装である。二体それぞれの射線はトオジが搭乗している機体へと通じていたのでやや後方にいたマシンガン型の一体がトオジが搭乗している機体へと向けて発砲する。

 すでにスラスターでの加速に乗っている最中だったが更に背面スラスター出力を上げて、距離の近い杭打ち型不明体へと突撃を行う。今度は目前で止まって貫くこともなく、勢いそのまま杭打ち型へ右貫手の一撃を入れて返す刀の如く左スラスターを強めに噴かしたまま、右貫手から右手刀として右に平行移動させつつ手刀でマシンガン型不明体の駆動部を流れるように切って捨てる。


 二体を瞬時に片付けた後は止まることなく、足裏にあるスラスターを噴かせて半ば浮く形でバック走のように背面移動から左背面スラスターを噴かせて反転も行い、七体目目掛けて矢の如く加速する。反転した際にすり抜けるように避けた砲撃が加速した後方で着弾し爆発音を響かせる。

 不明体には殴るや切るなどの至近距離攻撃パターンが存在しないのか、懐に入ると至近距離による対応がなくスラスターの加速で入った後は後方の着弾と同じタイミングで不明体を拳で撃ち抜いている。


 不明体の七体目を撃破した後は八体目に向かう際、やや距離があったためか右、左とスラスターの強弱を入れ替えながら不明体へ向けて照準を合わさせないようにジグザグの移動を行いながら接近する。不明体も照準合わせを諦めたのか杭打ちとマシンガン型をそれぞれに切り替えてトオジが搭乗している機体を迎え撃つ算段としている。

 不明体はトオジが搭乗している機体の進行する想定の場所に向かってマシンガンと杭打ちの連射を行い、速度を緩めさせようとする。しかし、トオジが搭乗している機体のそもそもの速度が想定以上のようで着弾するときはすでに着弾点がトオジの乗ったロボットの後方となる。

 ここまでくると先ほどまでの七体と何ほどの違いもなく、撃破するのに問題など全くなかった。もしあるとしたら、トオジ自身に余裕がなく決め技ならぬ締めのような終わらせ方をしていないことだろうが、そんなのは誰も求めていないであろうから問題とあがってくることさえなかった。

 危なげなく八体目も駆動部をトオジが搭乗している機体の拳で撃ち抜き、真昼間の都心部ど真ん中で行われた襲撃事件は所属不明体群の完全沈黙で幕を下ろすのだった。



 「・・・終わった、よな」

 誰に同意を求めるでもなく、呟くトオジ。更に不明体による追加もなく一分二分と経つ、少し身構えるようにコックピットシートで前傾姿勢を取っていたトオジは周りの静けさが戻ったことに安堵してシートに身を預けるように背もたれにもたれ掛かりつつ深く息を吐く。

 今となっては気持ちが高鳴ってかいた汗、戸惑いの連続でかいた冷や汗でぐっしょりと濡れたシャツにも気を止めることなくお構いなしに脱力する。


 少しして周りの微かな異変に気づきコックピット内の全天型スクリーンから辺りを見渡す。敵対行動を取る相手もいない今、被害を齎すものもいない。では何が起こっているのか。トオジは良く観察して気づく。周りで歓声上がっていることに、大いなる注目を浴びていることに。人によってはカメラを向けている人もいる状況である。


 「ねえ、静かになったよね? 私たち助かったのかな」

 「うん、あいつは何もしてこないし」

 「・・・よかったー!! 本当によかった」

 「助かったね」


 「終わった?」

 「みんなは無事か? トオジは無事なのか?」

 「夏美どこだー! 返事をしてくれー」


 「何だあれ。政府の新兵器とかかよ!!」

 「な! マジやべえよ!」


 「おい! 撮ってるか?」

 「はい! ばっちりです!」


 集音マイクでもあるのか、外にいる避難中の人や逃げ遅れてた人、落ち着いたことで身近な人の消息を探し回る人、途中から状況が変わったことで眺めていた人や危機感が薄すぎる野次馬的な人たちの様々な声が聞こえてくる。


 トオジ自身、みなに安全が戻ったことを実感してなのかにこやかな表情を浮かべている。そこをきっかけに本来の落ち着きを取り戻し、改めて色々考えるようになったようでトオジが慌てだす。

 乗ったはいいが地上への降り方どころかコックピットからの出る方法も分かっていないと今になってトオジは気づく。挙句、分かってもいないものに乗ったことでこのまま外に出て目立ってしまっていいのだろうかと思い悩むことになる。


 ── おおぅ、これどうしよう、ここからどうすれば……