-- vis novus --
「だからっ! 少しでいいから近くで観させてください!」
首相官邸での会談終了後、首相官邸から出てきたアルマはアストラオー近くで軽い騒ぎが起きていることに気づく。
アストラオーをどうしても調べたいとゴネる人とそれを制止する人々。
アルマの見送りなのか、アルマは特別応接室から一緒に歩いてきた三人の誰とはなく騒ぎの張本人がどんな人かを問う。
藍からの返答では官邸関係者でないことと特に面識のない人物であることを教えてもらうと、アルマはそれ以上深堀もせず質問を終え、機体へと近づきそのまま搭乗してしまう。
去り際、騒動の場所からやや離れていたアルマが機体へ向かう際に誰にも届かないほど微かな声で一言を呟くアルマ。傍まで来ていた三人にも届いていない程に微かな声量で。
結局、問題も起こることなくアルマを乗せたアストラオーはそのまま彼方へと飛び立っていってしまう。
三人はアルマを見送った流れのまま首相執務室へと向かう。
「まさに嵐の如く、でしたね」
「嵐の方がどれほど良かったか」
「はっ! ちげえねえや」
藍の感想にゼンは皮肉とも取れる言葉を発するとデンは同意するようにカラカラと笑い出す。
本当ならば笑っている状況ではなくとも、各々で人心地つかわせる気持ちの切り替えをするように起きた事と向き合う為なのか、先ずは感想から話し始めている様だった。
「三つ目の要求に出てきた人物はこれから調べるとして……」
「どうされます?」
「調査と同時に直接当人への接触を試みるが、恐らく向こうがもう確保しているだろうな」
ゼンが今後の行動の一つを整理する言葉に藍が調べるだけなのかを問う言葉を発するも、デンから接触は空振りに終わるだろうことを補足される。
該当者をまだ確保していないなら身柄の引き渡し要求なりであるところ、特別扱いときた。それの意味するところは素直に従ったかまでは不明なものの当人がアストラオー陣営と同行していることを示している。
後はそこからどれだけ深層へ辿れるかであろうが、あからさまな人物指定があった以上はどれだけ深堀しても繋がりが出てくるのか分かったものでもない。或いはしたところで一向に問題がないとされているか。
藍も更なる疑問を投げなくとも状況を理解しているようでデンの言葉に疑問を挟む言葉は続けなかった。
「規模は図りかねますがどうやら相当に準備している上で今回の接触のようですね」
「そうですね、何もないなら少なくとも人一人以上が生活できる場所や物資の要求があってしかるべきでしょうが、それもなし」
「それがないとなれば人を養えるだけの場所や物資も確保してんだろうな」
ゼンの言はまったくもってその通り。デンの発する言葉はゼンの言葉をこれでもかと擁護するのみであった。
アルマは意図して隠したのかは兎も角、隠したわけではなかったのなら言葉も足りていなかったのも間違いはないであろう。
「それにしても厄介なものを」
「ええ、一つ目のこの国での自由行動権要求を思うと、ですね」
「ああ、実質はともかく、一国から大々的に認められた行動権を与えるなんざありねえってのにそこを敢えて要求してくるなんざまだこれから何かでてくるかもしんねえなぁ」
「デンさん、怖いこといわないでくださいよ」
藍もデンもアルマが要求した一つ目がどんな意図の下出されたものかを考えあぐねた末の愚痴を零す。ゼンは冗談めかして返すもその胸中はデンと同じように思っていることであろう。
例え、現れた対象が如何に恐ろしく如何に強力だったとしても、国という最高位の集団が特別な権利を付与するなど統治乱れる元になるものを認めるわけにいかない。
それが例えどんな恩恵を受けるものだったとしても俗に言うなんであいつばっかり感情が国民世論にどれほど影響を与え、政権脆弱化に繋がるかは火を見るより明らかであると心得ているからの苦悩である。
三人は三人とも起きた事態をまとめて次に活かす行動をと考えているだろうものの、実質取れる対応は限られている。
変わらず後手に回ることが火を見るより明らかとなっている三人は消沈した雰囲気を醸し出させる。
誰とは言い出すことなかったものの、再度の要求が来るまでは一旦黙認のままにしようと三人が結論をつけた。
三人が落ち着き少ししたところで重厚な扉を叩く者が現れた。
扉を叩いた人物は女性を伴い入室するとゼンらに促されて対面するソファに腰掛ける。
「さて、それでそちらの方について説明いただけますか?」
ゼンは対面に座る二人のうち扉を叩いた男性、伎樹へと声をかけ連れてきた女性の紹介を求める。
ゼンに向かい合うように並んで座る伎樹と女性。女性はアストラオー前で騒いでいた人物であり、ゼンとしては落ち着いた後に騒動の原因を問いただす為に呼んだ形を取った様であった。
伎樹は女性が後輩であるなどの説明をしているものの問われるのは先程の騒動と理解しているからか言葉回しが重くぐずぐずと進みそうにない雰囲気で話し始める。
「それで、こちら…」
「私は|No《 ナンバー》プロジェクトのAシリーズに所属する見来(けんき)結唯(ゆい)です」
形式的であるものの騒動のお詫びを行ない改めて伎樹が説明しようと口を開いた矢先、今か今かと待ち構えていたのか、伎樹の説明も待てないとばかりに遮るような自己紹介をする見来と名乗る女性。
「ほー、お前さん、あのプロジェクトのメンバーかい」
三人のうち答えるように口を開いたのは意外にもデンだった。
「デンさんご存知で?」
ゼンも対外的な姿を取ることもなくデンへと問いかける。
「ああ、あの後改めていくつのかの機体開発プロジェクトをピックアップした中にあった二足歩行専門のプロジェクトのところだ」
デンの情報は藍も持っていたようで頷きながらゼンを見返す。
「で、嬢ちゃん、あの機体はお前さんらのところだってのか?」
デンが受け取った同プロジェクト資料の中にはアストラオーと同一の機体開発の情報はなかったことからの質問をする。
「……いえ、そういうわけでは」
デンに問われた見来は苦虫を噛み潰したような顔をさせながら歯切れの悪い言葉を返すのみ。
「そうですね、伺っていたプロジェクトの「ですが! 私たちには確認する必要があるんです!」
藍が話をしているところに話を被せる見来の剣幕は藍をたじろがせるほどのものであった。
しかし、横にいた伎樹に窘められるように前のめりの姿勢を正され釘を刺される。
「確かに、プロジェクトから提示していたシリーズスペックからしたら二足歩行以外に全長やフォルムは同一のものはありません」
伎樹に落ち着かされた見来は、デンや藍が伝えんとしていた部分は無視していたわけではないことを伝える。
「ですが! 返って言えば違うのが見た目だけなら否定もできないはずです」
その上で自身が言わんとすることへと矢継ぎ早に吠える見来。
「否定できない、とは?」
あまりにも事前情報がない単語にゼンは見来の発言に即座に反応する。
「総理、Aシリーズはあの事件のところです。」
「機体開発計画におけるあの事件というと、原因不明、未解決のままの神隠し事件ですか」
「はい、そうです」
見来自身ではなく、伎樹が要点をかいつまんだ補足をする。
その話をしている横で藍が事件当時の資料とAシリーズの機体を一覧にしたものを浮遊モニターに表示させる。
消失事件。藍が表示した浮遊モニターに当時の報告概要が浮かび上がる。
今より十ヶ月も前、NoプロジェクトのAシリーズがテスト期間に入っていた際、Aシリーズテストラボの運用メンバーたちの前から忽然と姿を消し、十ヶ月以上経った今になっても痕跡どころか破片一つ見つからない関係国内でも第一級以上のシークレット扱いになっている未解決事件、と。
伎樹からAシリーズの今の状況と当時の消失対象となった機体の説明をされる。その対象の横にアストラオーを映像から抜き取り、描き直した立像モデルにして並んで表示される。
同一縮尺で表示した両機には明らかな機体全長の差異だけでなく機体デザインにも差異が現れている。アストラオーの方が大きくプロジェクト開発時にない装飾がある。
だが、返って言えば見来の発言の通りに大きくなっていることとデザインが変更されただけとの強引な帰結に持っていくこともできなくはない。とても苦しい話ではあるが。
「あの機体にはプロジェクト内通信口への反応があったんです」
伎樹の説明の横で頭垂れ手を硬く握っていた見来が話の区切りにこれでもかと証拠の一つを提示する。
「失礼、通信口に反応があるというのはどうことかな」
ゼンは会話の意味が散らばらないように参加者の意識を一つにすべき疑問を呈する。
「通信というのは本来やり取りするとなるとお互いにここを使いますという入り口を設けてあげるものと思ってください。 イメージとしては電話がまさにそうです、お互いに番号を設定した上でやり取りができるのは送信側と受診側で受け取る入り口に該当するものを合わせることにより使えるものです」
「テレビなんかで言うと受信側がアンテナを設定しないといくらテレビ局が送っても映像を見ることができないみたいなイメージでいいかな?」
「大きくは外れていませんので概ねそのようにご認識ください」
やはり補足は伎樹からであった。
付け焼き刃だろうと今必要になる情報が何かしら増えるかもしれないからか、ゼンは正確性よりも情報伝達の速度を優先するかのように質問を切り上げ、聴く方へと姿勢を戻していく。
元々、なぜ騒ぎ立てたのかの話から何か有益な話に繋がるのならそれはどれほど些細なことでも歓迎するところなのであろう。
「話を戻しますが、私たちはプロジェクト全体でだけでなく各グループ専用の回線も開けていました」
「ふむ」
「私の属するグループだけの回線に対する反応だけでなく、プロジェクト内の大小の回線まで取れるようにっているのはアクセス反応を試して証明できました」
「なるほど、経緯は兎も角、君はそこからプロジェクトに関係する機体もしくは関係者がいるであろうことは間違いないと言いたいわけですね」
「はい!!」
見来はテーブルにつけた両手を支えに大きく身を乗り出しながらゼンの結論へと勢いよく返事をする。
「それで「近くで観たかったのもどこかしらにウチのマークがあるんではないかと思って」
興奮している見来を宥めようとしたのか、伎樹が発する言葉にも被せる形で見来は言葉を続ける。
癖なのか興奮しているからなのか見来は人の言葉に被せる発言をするようであった。
「それであの騒ぎに至ったわけか」
「すみません、今日連れて来て話をしようとしていた為にこんな騒ぎを起こしてしまい」
「それはそれでタイミングが良いというか悪いというか」
デンが経緯について納得した言葉に対して見来の代わりとばかりに伎樹が謝罪の言葉を添えながら頭を下げる。藍は経緯は兎も角としてもあの騒動は勘弁してほしいと言わんばかりの感想を漏らす。
相手が何も行動を取らなかったから良かったものの、会談の最初に釘を刺されていた藍にとっては冷や汗ものだったのかもしれない。
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場所と時間は戻って、アクティノール訓練中の二人。
「以上が首脳陣の方々とお会いした話の流れになります」
「なにやってくれてんのお前ーーーーー!」
「と申されますと? 友好の証に物品の一つでも要求すべきだったでしょうか?」
「ちゃうわ! 喋るならなんで成り行きから全部喋んなかったの?」
「時間の無駄かなと」
「無駄って……」
トオジはアルマから電撃訪問の内容を聞かされたことで頭が痛いといわんばかりに天を仰ぐ。
アルマから伝えられる衝撃の事実を己の中で咀嚼してから少し、トオジは一つ深く息を吐く。
「あの後どこに飛んでったのかと思ったらそんなことしてたのか」
「もちろん、訪問は失礼のないよう日中にしました」
「そういう問題じゃないっての」
「お土産はありません」
「いらねえよ!」
仕切り直しといわんばかりにトオジはアクティノール訓練に集中することで考えるのを止めた素振りを見せる。
幾度となく繰り返してきた見てるものからは地味といわれるような基礎の制御から何度も行うトオジ。
訓練中の機体はそれなりに駆動音や挙動の結果の衝撃音をさせるように騒音に包まれるも、その発生起因となる存在がいるコックピットは操縦者の集中により静寂そのものとなんとも不思議な時間が過ぎる。
「二時の方向!」
アルマから不意に告げられる言葉から示された方角を確認するようにトオジは視線を向ける。
同時に該当の場所を局所ズームした映像が全天スクリーンの一部に重なるよう映し出される。
一瞬では視界内の処理を解しきれていなかったためか、トオジは視線の先にいる存在に対してなんのアクションも示さない。いや、示せない。
徐ろに動き出したのはアクティノールのモニター内に映った存在。明らかに人工的に製造された獣の造形をしている機体であった。
獣とまとめるにはあまりに特徴的なそれは豹やチーターを象ったような猫型。
チーター型にしてはやや太く、豹型にしてもやや線の細い感じをさせるシルエット。剛性よりも弾性的な全体的なしなやかさを思わせる機体傾向から敏捷性重視の機体であろうことが見て取れる。
その機体は大胆不敵にも緩やかな速度でトオジが操るアクティノールへと近づく。