星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第二十話 刺激




 アルマから今後の行動についての概要をプレゼンされるプレアデスの三人。トオジは異もなしとアルマの話を遮ることなく黙っている。

 「……っ」

 「団長……」

 聞いていて言葉を失ったフリストの袖を弱々しく引っ張りつつ引き攣った顔をしたエスティがフリストを精一杯再起動させようとする。

 呆気にとられた顔をしたフリストはエスティの声から気付いたように顔を左右に振る。即座にアルマを見つめ直して口を開く。

 「だいぶ面を食らったが、そう軽々しく成し遂げられるもんじゃねえなぁ、何十年縛る気だよ」

 「確かに、数年単位での契約を提示予定ですが、宇宙航まではそれほど時間を要しません」

 「TOKYOで使った機体で宇宙に上がる気か? 上がったところで何日も持つとこじゃねえけどな」

 「船は既にあります、必要としているのは機体操縦経験がある、望めるなら戦闘可能なメンバーの同行です」

 「なるほど……、どの国からも横槍を入れさす時間すら与えないわけか」

 「その点は、それだけではありません、色々と交渉中です」

 今度は言葉に窮するように沈黙するプレアデスの三人。

 電光石火の早業も斯くやで秘密裏にことを進めるのかと思えば、既に表からもいくらかの手を打っていると言われてしまえば何も言うことはなかったようだ。

 黙っていたトオジは当然、アルマから聞いていたことであるから何のこともないように、顔色一つ変えずにプレアデスの三人を終始観察している様にも見える。

 フリストらの落ち着き具合を見計らったのか、少ししてアルマが口を開く。

 「疑問もありましょうが、今回、貴方がたに依頼した理由はあります」

 アルマは続けて言う。

 「徹底した団員在留資格の条件、退団時の元団員へのサポート内容など、組織運用ルールが興味深く私たちに適していると判断したことから、第一に声をかけさせていただきました」

 彼らプレアデスにはフリストが発案し、発足当時の面々が補強した掟がいくつかある。それがアルマの言う運用ルールであった。

 その中でも特にはと目をつけたのが次の四つだとしてアルマは読み上げる。

 一、団員資格は出自問わず孤独であること

 二、団以外に守る者、守りたい者ができた者は即刻退団する、認めない場合は脱退させること

 三、二の理由、あるいは正当な理由により退団した者との一切の関係を断つこと

 四、三の元団員に手を出す輩には最後の1人になろうとも落とし前をつけること

 この点を並べられたら、それこそ宇宙へ上がることへ抵抗が少ないのではないかとの推察があったとは思われるだろう。

 フリストも何で知っているのかなどの野暮のつっこみもせず、静かに聴いていた。

 むしろ、団規などといったものは明確に見せていない以上、よく調べたもんだと感心されたのかもしれない。

 「孤独自体は、完全な縁切りだけでも構わねえけどな」

 フリストがアルマの説明に補足するように呟く。

 「独り身でなくなる場合、当人が望むならその後の就職先などを仲介するも、以後の接触は皆無としていますね」

 「団以外に守る者ができた人間は荷物になるだけだ、堅気に戻るのに俺らとの関係は必要ない」

 「斯様な信条を有する貴方がたプレアデスなればこそ、選ぶに十分な理由です」

 先程から一言も発していないトオジも、アルマの説明を初めて聞いていたはずだが然も納得していますといったような顔で聞き耳を立てていた。

 「評価してくれたのは分かったし、言いたいことも分かった、だがな……」

 フリストは顔色を変えないまでも歯に物が挟まったようなはっきりしないまま言葉を尻切れさせる。

 「今すぐ決断いただく必要はございません、元々の依頼を行ないながら、こちらからの情報も見た上でお決めください」

 「分かった、とりあえずそっちは一旦置いとくから依頼されてる訓練の内容を教えてくれ」

 アルマの言葉を聞いたフリストはこの決断を延ばすことに決め、元々の依頼を第一として取り組むよう動く。

 アルマたちから出てくる情報がどんなものかを改めて目の当たりにし、更に呆れるのはまた後の話。

 トオジとアルマは模擬戦闘の場がない事を共通の認識としており、アルマからその機会を設けると言われていた機会が今回の話である。

 その機会自体がトオジの合流前から既にプレアデスに依頼を行なっていた。その合流が本日となったわけでトオジはその点なにも聞いていなかったわけであった。

 「それで、模擬戦の内容にオーダーはあるか?」

 フリストは模擬戦に向けた調整について問いかける。

 「実弾はこちら指定のものに、近接兵器等もこちらで用意した模造のものへ、全員変更を」

 「わかった、交換不可や実弾でないものは使用禁止でいいか?」

 「それでお願いします」

 フリストと当初からの依頼であった模擬戦闘の内容について詳細の刷り合わせが行われる。


 兵装を模擬戦向けに変更したことや訓練強度の相互確認したことにより、トオジはアクティノールに、フリストはじめプレアデスの面々は各々の機体に搭乗する。

 搭乗後はフリストを先頭としたプレアデスの機体とアクティノールが対面する。

 プレアデスの機体は集団による統一感はなく、フリストの豹型をはじめ、重量機体と思しき逆関節の二脚と機体や多脚機体もありと個性溢れる集団であることが伺える。

 「初日、まずは一通り一対一と行こうか」

 フリストのこの言葉をきっかけに、フリスト以外のプレアデス搭乗機は建物から少し離れて置かれていた指揮車の傍へと移動する。

 ある程度の距離が離れたのを確認したフリストは一方的に宣言してから通話を切り、アクティノールを品定めするように動き出す。

 フリスト機はアクティノールから見て右側へ、アクティノールを視界におさめたままゆっくりと回りだす。

 ボクシングで言うところのアウトボクシングスタイルの如く、アクティノールを中心に円を描くような振る舞いを豹型機体で再現している。

 フリスト機が半円手前まで動いたところで、突如一直線にアクティノールへ向かう、急加速。

 今回は反応が間に合ったトオジは、機体を右に振らせつつアクティノールの左手に握っている模擬弾を投げつける。

 しかし、フリスト機は既にいない。

 フリスト機は既に地面を蹴り、アクティノールの更に右へとかわしざま頬部バルカンを発砲。

 動いてしまえばあっという間であった。

 アクティノールのスクリーンには被弾のアラートが上がっていたことでトオジは動きを止める。

 それを見たフリスト機も機体を停止させる。

 「緩急が上手すぎだろっ! 歴戦の傭兵は只者じゃないか」

 トオジはフリストの操縦技術、立ち回りを素直に驚嘆し独り言ちる。

 「どうする? 続けるか? それとも俺以外と替えるか?」

 外から見る限りでは損傷も問題も見当たらないことから、フリストは継続するか相手を替えるかを問う。

 「もう一度頼む」

 トオジは一も二もなく継続を希望する。

 トオジの返事を聞いたフリストは了承の意とばかりにアクティノールから一定距離を保つように前を向いたまま後ろへ向けて跳躍する。

 フリスト機の着地と合わせるようにアクティノールも対峙するよう位置に向き直す。

 今度はアクティノールから前方へ加速する。

 速度はフリスト機より更に速い加速であるが、フリスト機は慌てることなく頬部にあるバルカンから数発を放つ。

 今度はアクティノールが左にスライドさせながら弾を避け、更に加速させフリスト機へ迫る。

 しかし、フリスト機も止まっていたわけではない。フリスト機はアクティノールのほんの少し右をすれ違うコースへ加速させる。

 すれ違う直前にフリスト機は右前脚を軸に滑るように後ろ足側を外へ膨らませつつ半回転させアクティノールの背後を取る。その様はまさに猫科のしなやかさを思わせるほどの運動性を垣間見せる。

 背後を取られたと同時にまたも頬部バルカンを被弾するアクティノール。

 「今のなんだよ……、レベルが違うな」

 「依頼するだけの相手ですから当然です」

 更なる実力の開きに対しての感想に、なぜか自慢げに返すアルマ。

 たしかにアルマが依頼したから彼らプレアデスの面々がやっては来たが育てたわけでもなんでない。トオジは呆れたとも慣れたともとれるようにはいはいとだけ返すのだった。

 「今回の模擬戦、後で見返せるんだよな?」

 「もちろんです」

 アルマの返事を聞いた一瞬、トオジの口角が上がったように見える。

 既にフリストとの模擬戦だけでアクティノールはこれでもかと輝くようにクリーニングされる。

 というのも今回の模擬弾はペイント弾を加工した特殊クリーナー液でも入っており、アクティノールが被弾した箇所が洗い流したように綺麗になっていた。

 幾度かのフリストとの模擬戦後、更に他の団員たちとの模擬戦をするもこれでもかとボコボコもとい綺麗にされ、技量の差を実感させられるトオジ。

 だが、トオジの顔は悔しいといった顔ではなく、されどやけっぱちの様な投げやりな顔でもない。

 一朝一夕で搭乗できるようになったレベル以上の存在を間近で見、感じる良い機会であるのは間違いない。トオジ自身何かしら得る物があるかのような雰囲気を漂わせていた。

 模擬戦後、トオジは決めていたスラッシュ付き操縦訓練を行なう。

 イレギュラーがあったにもかかわらず、すべきことを見失わずに向き合うのは真面目さゆえだろうか。

 「ドローンタイプの兵装は強力だし、強みも多々あるが長時間使用に向かないから気をつけろよ」

 それを見ていたフリストからアドバイスをもらう。

 フリストが団員から聞いていたドローンタイプ兵装の特長と欠点についてトオジにレクチャーする。

 エネルギーの心配面もあるようだが、それ以外にも長時間使用する際には相手側からのパイロットジャックにも気をつけないといけないこと。

 無線である以上はインターフェース乗っ取りの危険がある為、逆探知を避ける行動を取るのがドローンタイプの基本運用マニュアルのようだ。従来型と型が違っていても鹵獲などからの使用インターフェースを解析されてしまえば、いずれはとの話だった。

 何より、一番の問題は相手側にも使用者がいて且つ同じ通信条件だったら競合してしまい使い物にならなくなる点は要注意と伝えられる。

 日も暮れ、プレアデスの面々は各人各部屋の使い方を理解しながら各々の時間を思い思いに過ごしている。

 初日からの適応力の高さも見せる様は、流しの傭兵団足りえる強みなのかもしれない。

 エスティあたりは雑務をしているので休むのはまた少し後のようである。

 トオジは昼間の模擬戦映像とその時どのような行動をしたか、アクティノールが受け取った情報はなにでどんな行動になったかの照らし合わせを行なっていた。

 「機体のタイプが違うとはいえ、こうやって改めて見てみるとあの人らの操縦凄いな」

 「今すぐにでもそこまでと贅沢言いませんが、マスターにはしっかりとものにしてもらいます」

 「ここは俺の操縦技術向上がメインなんだし、しっかりやるよ」

 アルマに提案されたときのことでも思い出しているのか、トオジは少しばかり遠い目をする。僅かばかり外した意識を戻しまたも模擬戦映像と機体情報などを見比べた復習もしっかりと行う。

 「そもそもの技量が足りないのはともかく、やっぱりスラッシュ以外の兵装必要だよな」

 今回、アクティノールの兵装は手に持っていた模擬弾を投げるのみであった。なにを莫迦なと言えなくもないが、今回の模擬戦にアクティノールは仕込みの兵装がなかった。

 これは初日から模擬戦の本格的な実施を目的としたわけではなく、手練の有人機が如何なるものかを体感するのが主目的になっていたからだった。

 模擬戦自体がいきなりだったこともある上に、なんでも身に着ければ良いわけではない為、端から見れば初日の模擬戦は相手をバカにしたような状態で行なわれていた。

 もちろん、フリストはじめプレアデスの面々にも事前に伝えていたが理由を聞かれるまではおかしな人を見るような目で見られていた。

 「プレアデスの方々の兵装も体験してみて、ご希望など出ました?」

 「頭部バルカンの様な、面固定で存在する意味は大きいな、やっぱ」

 「その有用性について、否はありませんね」

 「フリストが言っていたスラッシュのような兵装の弱点対策ってできるのか?」

 「その点は既に行なっており、懸念はありません」

 「はー、抜かりなしか、流石だな」

 「当然です」

 模擬戦含めた行動の再確認をしつつ、今後の兵装についてあーでもないこーでもないと賑やかに決めていく。

 色々と話し、ある程度の方向性を整えつつも訓練期間中は一通りかじってみるようである。見直しや話しをしていると時間はあっという間に過ぎていった。

 翌日は朝から兵装を確認すると、機体操縦訓練はウォーミングアップ代わりと言わんばかりに終わらせ、プレアデスの面々との模擬戦に注力する。