星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第一話 未曾有



 おっす。俺の名前は凱 十字路(カチド トオジロウ)、日本在住の31歳だ。

 今日も今日とてお仕事お仕事、の会社勤めをしてる年齢も中堅どころになるしがない社会人さんだ。


 今は21xx年。過去には、2045年のシンギュラリティから20年後にAIによる大事件があっただの、俺が住んでる日本が実質2つに袂を分かったも同然になったのだの、大国麦国が他国への内政干渉を続けた結果、各地で小競り合いから看過できぬ争いに発展したりと。まあ、色々あったみたいだけれど、直接的な戦火を免れた日本に住んでる人間は対岸の火事として変わらず過ごしている。多分に漏れず、対岸の火事意識な平和ボケ日本人の子孫としての俺も、今日も今日とてほのぼの会社勤めだと日々を過ごしている。



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 「おーーっす! おはようございまーす」

 「おはようございます」

 「おう、おはよ」

 そんな日常だからこそ、会社員たるトオジの朝は出勤後の第一声の挨拶から始まる。職場のあるビルの同じフロアにいる後輩や同僚から帰ってくる挨拶。やはり、朝の挨拶は清々しい気持ちにさせてくれるものだ。


 「おい。トオジ聞いたかよ? 未確認飛行物体が地球の反対側で出たって話」

 トオジが自席に向かう通り道の席にいた同僚から突拍子もない話題を出される。この同僚のことは普段から、お前は井戸端会議好きの近所のおばちゃんか! と思わせるほどに雑多な話題を提供してくれる存在だと思っている。アンテナ感度の高さから来る話題の豊富さに多々感心させられることは一度や二度ではない。


 「あ! その映像とニュースは僕も見ましたよ、先輩」

 これまた同僚の席の向かいにいたトオジたちの後輩が、即座に食いついてくる。話題の内容が内容だった為にどう返すか迷うような状況であろうし、普段なら冗談で済ますような話なのだろうとも、今日は少々雲行きが怪しい。


 「お? 後輩はしっかり見てたか。あれ、やばいよな」

 「ですよね。最初は仮想現実を映像として流してたのかと思ったんですが、アナウンサーがあまりにも真剣でしたので、改めて内容見て驚きましたよ」

 「だよな、起きた場所が地球の裏側の麦国パリウッドだろ」

 「場所が場所だけに、特撮形式の映画にも手を出したのかと思いましたよ」

 トオジとしては、話しかけといて本人を差し置いて会話を進めるなよ、と心の中で思ってしまうが、相手固定じゃないと進まない会話でもない限り、人との会話の輪など勝手に広がるのも雑談の良いところであろうと納得させる。


 普段ならここで信じきったまま真面目に話題に入ると、冗談交じりにドラマのストーリーだぞと返されることもまれにあるので、今回もそれかというようにトオジはどこか身構えさせる。しかし、端から見ると突飛な内容を真剣な表情で話す二人がそうでないことを伝えてくる。


 「なになに? 特撮? 怪獣でも出たの?」

 話題を知らないのもあるが、少々場を和ませる意味も持たせて軽いノリで話題に入る。


 「かーっ! お前は見てないのか!」

 「トオジ先輩ー、流石にこれは知ってましょうよ。一大ニュースですよ」

 「そんなだからお前は変なことには詳しいのになって、部長にも言われんだよ」

 「今はとりあえずそれはいいんで。それで同僚や後輩が見たニュースはどんなのだったの?」

 同僚の幅広い収集力がすごいだけなんだぞや人の情報収集の方向性についてはもうこの際は放っておいてほしいものとでも言わんばかりに軽く返して、変な方向に行きそうになった話題を止める意味も込めてニュースの内容について聞き返す。


 「ったく。いいか? 日本時間の昨夜遅くに日本の裏側にある麦国のパリウッドが、未確認物体の集団による襲撃に遭ったんだよ」

 「集団とされています様に1体や2体じゃなかったんですけど、それよりも目を疑ったのは大きさですね。映像を見ましたらおよそ20mほどの巨大な集団だったんですよ」

 「映像を見た限りは、機械的な巨大ロボットってよりは全身のっぺりで岩石型巨大怪獣て言われる方がしっくりくるんだよな」

 同僚は呆れが交じったような口調で、後輩は苦笑いしつつも揃って説明を始めてくれる。昨夜遅くはネットまとめ見たまま寝落ちしていたからどうしようもない、と自分を納得させるも、緊急ニュースなどを通知する個人端末を持つのが当たり前の時代だけに言葉が刺さると返す言葉もなく黙って聞く。ともかく内容だけ聞くと非常に非現実的である。同僚が話題に出したのも自分が見たものが間違っていないことを確認したくてだろうと思わせる口調だ。


 「それはやばいね。現地の被害とかはどうなの? その集団はまだいるの?」

 「いや、1時間もしないうちに引き上げってったって報道されてたぞ」

 「街は大打撃で被害も相当のようですけど、未だ人的被害については把握し切れていないようです」

 「引き上げるってどこに?」

 事実を聞くと想像以上に大事件だったが、気になってしまったことがそのまま口をついて出る。

 「それがな」

 同僚が返事をすると同時に指で上を指す。


 「は? 屋上? このビルの?」

 「ちゃうわ! 空だ。空」

 「空? 空って宇宙ってこと?」

 思わず頓珍漢な答えを返すも更に信じられない事実を告げられる。トオジの半信半疑ながらの答えにも神妙な面持ちで頷き返す同僚。


 現在の世の中は50年以上前の各国紛争から立ち直り、経済や技術の遅れを取り戻した後に更なる発展をさせてきている。AI戦争や国家間戦争はあったものの、ここ数十年は粛々と進められていた宇宙開発を表立って本格的に行っている。しかし、宇宙開発といっても元々作られていた宇宙ステーションよりも何十倍も巨大となる、宇宙間での完全独立稼働建造物の完成目途は立っておらず、月や火星の土台となる地面がある星の上に新たな施設や居住区を建てるのがやっとの状況だ。今まさに出た話題で、技術競争真っ只中の宇宙関連においてとてつもない開発がなされたのではないかと示される驚愕の事実ではないかと推測された。


 「はい、僕もその映像を見た時は信じられなくて固まりました」

 後輩は率直な感想を述べるも、視線を下に移しながら話す姿は未だに自分の目で見たことが嘘かもしれないそんな自信の無さからかと思わせる。


 「おはようございます?」

 雰囲気が暗くなってきたところで、ふと明るい声がトオジの背後から近づいてくるのが聞こえる。トオジたちの職場で庶務として働く庶務ちゃんが井戸端会議という世間話組を見つけて寄ってきたようだ。


 「おはよう」

 「おはようございます」

 顔を向けるだけで庶務を確認できる同僚と後輩はすぐに挨拶を返す。


 「おはようさん」

 一呼吸二人に遅れるも、トオジは上半身のみ振り返りながら片手を上げつつ庶務ちゃんに挨拶を返す。


 「今日は三人でどんな話してたんですか?」

 少し暗くなってた雰囲気を知ってか知らずか、これもいつもの朝の流れだなと思い返して話の輪に迎え入れる。


 「いやさー、二人が昨夜衝撃ニュース見たからなんだって話をしていたんだよ」

 「そうですよ。庶務ちゃん聞いてください。先輩知らなったんですよ」

 「えええ??! トオジさん昨夜のニュース存じてなかったんですか!?」

 後輩からの告げ口から、特有のオーバーリアクションをしてくれる庶務ちゃんに軽い雰囲気の口調で責められるので、トオジはなんとか釈明をしようとするも事実は変わらないので、曖昧な相槌で場を濁しつつやり過ごす。そのまま、後輩と庶務ちゃんが”すごかったよね”や”パリウッドどうなるんだろう”などと話し込んでいる。


 「今のところ、どこかの国や団体の仕業って発表もないんだよな」

 同僚の呟きとも取れる不意の一言が、トオジの中にまさかもしかしたらの思いを胸に抱かせる。暗に宇宙からの予期せぬ来訪者ではないかと告げられている気がする。


 「ロマンたる地球外生命体との接触?」

 昨夜までのニュースを見るまでは大半の人から反対されるだろう結論をこぼすも、庶務ちゃん以外の二人は単純にそうだと返すわけではなかったない反応を表情に浮かべる。二人の顔から期待とも不安ともつかない表情が読み取れるのは、ニュースの内容だけでは意図するところが不明なために、接触というよりも地球外生命体からであっても攻撃や侵略といった方向で推測してしまうので期待以上に不安の方も大きくなるのも当然だろう。それでもそうは思いたくない気持ちもを抱きたくなるのも人情故の葛藤が表情に表れているようだ。


 「ん? なあ、どこかの所属でもない不明集団ってことは世界のどこに出てもおかしく(…」

 ふとトオジの頭によぎった疑問を口に出して言い切るが早いか。突如、会社が入っている建物のすぐ近くからであろういくつもの轟音と建物全体を揺らす衝撃がフロアを駆け巡る。


 轟音が駆け抜ける中聞こえた音は、まるでいくつもの巨大質量が地面にぶつかったような音やいくつかの爆発のような音などが、重なって聞こえていただろうがそこにまで気づけた者はどれだけいただろうか。状況が分からぬも同フロアにいた全員に音と揺れが届いた為に一瞬で場が静寂に支配される。恐らく今いる建物別フロアや近隣の建物内も同様の状況だと容易に想像がつく。


 「なんだ? どうした?」

 「地震か?」

 「事故か?」

 流石にいつまでも固まっているわけもなく、状況を探ろうとあちらこちらから静寂を破る言葉が発せられる。中には怖いもの見たさの野次馬根性もあるのだろうがフロアの窓へと駆ける者、あまりの衝撃で未だにその場から動けない者様々である。


 「先輩ッ?!」

 そんな中、一際大きな声を発したのはすばやくフロアの窓に駆け寄り外を確認していた後輩からだった。


 「どうした」

 「あ、あれ」

 トオジの方から後輩に近づくと、後輩はまるで物音を立てないようにゆっくり一歩二歩と窓際から後退りつつ、窓の外で見るべき対象を指で指したままトオジに顔を向ける。後輩の動きは緩慢ながらも表情は驚愕と恐れが入り混じっているようである。見るべき対象を指差したままの後は、口から声を出せなくなったように言葉を声にではなく口の動きだけで伝えてくる仕草をする。なんちゃって読唇術が間違っていなければ続く言葉は、昨夜のあれですくらいであろうか。


 一瞬、トオジは思考を放棄したくらいに理解が追いついていなかったが、どこか冷静にそうか昨夜のかなどと先程までの会話が点から線へと繋がるのを感じている。と悠長に分析してる場合でないと思ったからか即座に確認の言葉を続ける。


 「おい、まさか」

 「そのまさかです。昨夜映ってたのに酷似したのがいます」

 後輩の言いたいことを察するところまではきたものの、現実になってほしくない気持ちを込めて聞き返す。しかし、後輩もトオジが言いたい言葉を察してはいるものの窓の外に現れたナニモノかが現実であり、確かに現れたことを伝えてくれる。


 建物の窓から見える外の景色。他のビルなどが立ち並ぶ中、大通りであけた場所にそいつはいた。全身は紫色だろうか。装甲なのか皮膚なのかわからないそいつの表面は金属というよりもはどこか鉱物的な雰囲気を漂わせる。


 途端に場は再度の静寂に包まれる中、誰かが後退った際にぶつけたであろう机から物が地面に落ちてばら撒かれた際に出る乾いた音だけが響いている。


 「おい、やばいぞ!」

 「昨夜の再来じゃないか!」

 「みんな、地下へ通じる場所へ避難しろ!」

 その音をスイッチにしたかの如く、電源停止から再起動したように周りから思考停止して硬直している場合でないのが分かった面々から、周りへの声掛けか、はたまた誰でもない自分が取るべき選択肢の確認としての言葉が飛び交う。


 ”くそ、なんでここに”や”まってまって置いてかないで”、”冗談じゃないぞ”など動き出せた者もすぐに動き出せなかった者もフロアからの避難を開始するように。


 同僚、後輩含めてフロアにいた面々とエレベーターホールまで来るものの複数機あるエレベーターは、止まっているのか他の階の混雑で身動き取れなくなっているのかで動いては止まっていたり既に1階まで着こうとしているものしかない。


 「エレベーターはだめだ。階段で降りよう」

 エレベーターホールに集まったみんなに言い聞かせるように発するも、それでも一縷の望みに賭けて残る者、非常階段から能動的に避難する者とで別れる。


 ── 相手は下手しなくても街一つを壊滅したヤツでこのまま避難するとしても間に合うか?

 トオジは移動中にふと頭を過ぎってしまうことが離れず不安を抱きながら移動する。話が通じる通じないよりも街を一つ壊滅している集団に酷似している、ただそれだけの事実を元に最悪にならないよう行動する。今は一歩一歩を駆け下りる階段でそう自らを納得させながら進む。


 本来、街の単位での襲撃であればそれは都市レベルでの移動をしないことには一旦の難を逃れることはできないだろう。周りも不安を抱えているだろうが今は足を止めている状況ではない。


 非常階段からビル1階へ辿り着いた面々はエントランスを抜けてビルの外へ出る。大通り沿いのビルの至る所から人が外に出てはどちらとも定まらぬままに避難している。領域外へ向かおうとする者、地下へと難を逃れようとする者それぞれである。


 一方、現れた未確認物体は逃げ惑う人々には目もくれず建物への攻撃を行っている。サイズとしても20m前後ほどくらいか。不幸中の幸いなのか20m前後ほどが2mにも満たない存在に注意を払うことはないようだ。だが、建物には無差別と言っていいほどの範囲で攻撃を行っているため、このままではいつトオジたちや周りの面々にも危害を加えられるかわからない。


 トオジたちはどう避難しようかと足を止めてしまった時、ついに今いる隣のビルが目標になったようでビルに向かって放たれた弾らしきものがビルとぶつかり合い激しい破壊音と衝撃を周りに伝える。


 一緒に避難していた同僚、後輩、庶務などほとんどが爆風に飛ばされる形で10mほど飛ばされる。幸い彼らは植垣がクッションになる形で受け止められたようだった。しかし、トオジは立っているところが悪く、みなと違う方向に飛ばされたことにより未確認物体との射線が通じた場所のままであり、遮蔽物のない場所に投げ出されてしまう。


 トオジの周りは高温により溶けたコンクリートなど建造物だったもの一部もあり熱さがすぐ近くにも。熱気に当てられている中、投げ出されうつ伏せに倒れ込んでいた体から顔だけを上げる。今も怪しく表面を輝かせる未確認物体の方を見やる。それは刹那であるものの未確認物体と向き合い、目があったような奇妙な気持ちになる。


 時間としてもコンマ何秒の世界だったのだろう、本来なら射出と着弾まで1秒もかからない飛来物をコマ送りのように見えてしまう自分がいる。だが恐怖で目を瞑ってしまう。


 音がする。着弾した大きな音が。爆風もそれによる粉砕物などは不思議とトオジに襲ってくる気配はない。これは痛みで感覚がなくなっているという事だろうか。


 ── ああ、ここで終わってしまうのか。