星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第二話 霹靂



 ── ああ、ここで終わってしまうのか。



 ここが天国かなどと悠長に思っているほどの時間ではないだろうが、空白となる一瞬が生まれる。トオジの意識が途切れてお迎えがきたわけでもなく、痛みでのた打ち回るでもない。かといって直撃したかと思うも響いた爆発音は思ったよりも距離があったようで鼓膜が破けた気配もない。


 今の状況に微かな違和感を覚えたことにより、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。なにが起きて何が起きていないかを確かめるために。


 目を開けてすぐに違和感として周りが薄暗いことに気づく。なぜか。今まさにトオジと砲撃してきた未確認物体の間に、先程まで存在していなかったモノが存在しているからだ。砲撃にしてきた未確認物体との距離に比べれば、目と鼻ほどの距離にいるそれは、砲撃してきた未確認物体とは系統を異にするシルエットをしている。

 しかし、また新たな存在が今そこにいる。爆発音や爆風で気づかなかったかは定かではないがまさしく忽然と目の前に現れたように堂々とそびえ立っている。


 目の前に堂々とそびえているそれを見上げる。昔あった東京の象徴の一つである、東京タワーほどに天を見上げているわけではない。むしろ高さとしては東京タワーの10分の1ほどか、それこそ25mプールを縦にしたらこれくらいかと思えるくらいの大きさなのだろう。


 かといって未確認物体の仲間と言われても納得はしない。なぜなら目の前のそれは、いつか観た21世紀初前後に多く放映されていたとされる大昔のアニメに出てくる人型の大型ロボットそのものの仲間にしか見えない。


 新たな爆発が起きても微動だにしない目の前の所属不明ロボットは、それこそ新たな脅威なのかもしれない。それでも無差別攻撃が行われた際に融けた金属や熱風が支配し、死ぬ思いをしているはずの空間で、ただただ泰然な姿で佇むロボットと呼ぶべきに相応しいものに目を奪われているようでトオジは微動だにしない。


 トオジは所属不明ロボットに釘付けになってから数分も経ったように感じているが、実際の時間は10秒にも満たない程の時間だった。今、ここは戦場と呼ぶに相応しい場所と状況である。


 元々、射線上にいなかった同僚や後輩らは建物の陰へと入りどうなっているか様子も分からないものの、目の前の所属不明ロボットとは違う無差別攻撃中の未確認物体がトオジと同僚らを完全に隔てるように、再度爆裂砲弾のようなものでトオジがいる周りの道路やビルを崩壊させていく。


 崩れたビルや巻き起こる砂塵や噴煙でトオジから同僚や後輩らが完全に見えなくなる。これによりトオジのところだけぽっかりと空いた一種の閉鎖空間のような形を作り上げていってしまう。


 死線にいるとは思えていないトオジがいる。ここだけ避けられたように感じる攻撃。まるでどこか離れたところで劇でも観ているかのように自分と目の前のロボットしかいないような空気。本来なら目の前のロボットも新たな脅威として生きるための逃げ道を模索するなりすべきなのだが、全くと言っていいくらいにその行動や思考に至ることはなかった。


 それどころか、どこか自分の体が自分の体ではないように意識することもなくおもむろに動き出しているトオジがいる。その体は、今いる周りで建物が崩れ、道路が抉れて瓦礫や粉砕物が一面に広がり砂塵や噴煙に巻かれようとしている場所から逃げるでもなく、その場に佇んでいるロボットの下へと駆け出していた。


 まさに一直線、奇跡的に瓦礫や抉れた地面もないロボットまでの道を、トオジはどこか懐かしくどこか身近に感じる気持ちを抱きながらも体の動くに任せるように駆ける。どうやら先程分断するように攻撃されたのは勘違いで、トオジたちに向かってきた攻撃はロボットが全て遮蔽物となり遮っていたようだ。そこに悠然と佇んでいるのは、まるでトオジの壁となって爆発やその後の衝撃から守ってくれているかのように。


 駆けること数秒、ロボットの目の前で停まり改めて見上げたと同時に、トオジは自身の視点が地上1m後半の高さから3m、4m、5mと流れるようにどんどんと高くなっていくことに気づく。そう、エレベータで上昇する際の現象がトオジ自身に起きていることに気づく。これは他でもない、目の前のロボットから照射されたと思しき光を浴びたと同時に、トオジの体が光の照射元であるロボットへと吸い寄せられるように浮き上がっているんだということに。


 瞬間、雷も斯くやというほどに眩いばかりの光りに包まれ、トオジは驚きと同時に反射的に強く目をつぶってしまう。


 目をつぶってから幾ばくも経たずに体への衝撃どころか周りから一切の音さえもしないことに気づき、躊躇うこともなく目を開く。


 トオジが目を開くと、そこは今まで散乱していた瓦礫や抉れた地面などと隔絶された静寂な空間であった。完全な暗闇でないのは空間全体をうっすらと照らす青白い光があるためだろう。


 空間を照らすうっすらと青白い光は、トオジの目の前にある大人一人は悠々ともたれ掛かれる背凭れと肘掛け、それに脚を当てられるようになだらかな曲面を有するシートから発されている。


 高さは優に2mを超えるほどあり、奥行きも2mを超すほどにあるような空間が存在している。それでも正方形でもなさそうな不思議な空間を思わせる。トオジは状況から察することで、ここはまさしく先程見上げて吸い込まれたロボットのコックピット、あるいはコックピットに類するような空間なのだろうと結論をつける。周りを見渡してもうっすら青白く発光しているシート以外に人っ子一人も見当たらないが多分そうなのだろうと。


 しかし、そうするとここがもしコックピットだとするならば、この機体はどこから来たのか、むしろどうやってここに来たのだろうかと答えられない疑問が浮かぶ。誰かが答えてくれるわけでも内なるコスモ的な何かが答えてくれるわけもない疑問を浮かべたと同時に、背後から爆発音が聞こえるのと体がほんの微かに揺れるのを感じる。


 音がした方へ顔を上げるトオジ。瞬間、眩い光と先程まで立っていた無残に変わった街並みの一角と、その形へと変えるように無差別攻撃をした未確認物体の姿がトオジの目に写る。何もなかったと思われたシート背面の壁面に、外の光景がそのまま映し出されていた。どうやらコックピット的で間違いないようでシートに向かい合っていた反対側の壁面が外を映すスクリーンになったようだ。


 トオジは爆発音が聞こえたこととシート背面のスクリーンにでかでかと映し出された未確認物体の機体から、再度の砲撃、あるいは類似のなにかを受けたんだと直感で思い起こしたようだ。外部から遮断されて静寂に包まれたことで余計な疑問を持ったところではあったが、今ここが戦場であり悠長に構えている場合でない状況であることに思い至るのにさして時間はかからなかったようだ。


 ── 乗れたならこれ動かせるんじゃないか?

 大昔のロボットアニメ作品を観たことがあるトオジにとっては当然といえば当然とも言える、ある意味、毒されたと言えるような思考による当然の帰結な反応をする。


 だからといってすぐに行動へ移せるほど何か強化訓練や特殊訓練を受けたわけでも、隠されたエージェント的な過去があるわけでもない。ましてや自宅で自作ロボットからの自作操縦席を用意して遊んでいたなどもない。最近の宇宙開発が盛んになってきた中に、多脚ロボットなどいくつかの種類の機体があるのは知ってはいるものの操縦したことすらないトオジ。


 一般人であるトオジでも、VRゲームや筐体型ロボットゲームで遊んだことがあるとはいえ、コックピット内を見渡しても操縦で使用しそうなのは、シートの肘掛けより先に手がおける程の位置に左右一対で存在する戦闘機のレバーにも見えなくもない何かがあるのを見つけるくらいである。なんの説明書も操縦ガイドもない。


 折角、毒された反応をするも未知であることで、トオジの心に多少なりのブレーキがかかったようである。それでもトオジが戸惑う時間も与えてなるものかの如く、外の状況は予断を許すことなく進む。


 コックピットのスクリーンから見える未確認物体の機体がおもむろに動き出し、徐々に徐々に近寄ってきている。恐らく砲撃のようなものではこのロボットがびくともしないし反応もないために、近距離から何かしらの手段でもってこのロボットを制圧しようとするように。


 やはりこのロボットは目の前の未確認物体のお仲間ではなさそうだなと、またも目の前の状況から思考が逸れるトオジ。けれどそこそこ重要なことに思い至る。思うタイミングは今ではなくていいはずだが守られた空間にいることでどこか余裕が生まれたようだ。


 トオジが思考を逸らす矢先、近寄ってきた未確認物体の機体に変化が訪れる。

 目の前の機体は、先程まで砲弾のようなものを飛ばしていた箇所がパイルバンカー機能に切り替わったようで、今度は先端が鋭利に尖った杭のようなものを勢いよく上下運動させ始めたのが目に入る。杭に上下運動を繰り返させることで、穿つことだけに特化した機能であろうことは火を見るより明らかであり、当然ながらその脅威は目の前へと迫ってきている。


 ── まじかっ? 逸らさないと!

 と思うも、トオジ自身は操縦も何もしていない。しかし、思うと同時に迫ってきた杭打機を相手の機体ごと、ロボットは反転させつつ右手で払い除けていた。


 ── 動いた? 自動防衛機能でも組み込まれてんのかな。どうせならそのまま無力化しちゃってくれたらいいのに。

 今まで微動だにしかなったロボットに思わぬ反応をされたことに依るのだろうか、目の前の機体が態勢を崩しているところでふと思ってしまう。


 その意識を持ったと同時にロボットは態勢を崩していた機体の腰部らしき箇所を、大きく一歩を踏み込んだまま腕を振り抜くことで砕いた。


 「殴ったーっ?!」

 まさに力任せに殴るだけであるものの、頑丈そうな相手の装甲を苦もなく砕いているようにしか見えない。


 「それにしても凄い威力だな」

 駆動部として、またはなんらかの制御部としての重要な部位だったようで、スクリーンに映し出されていた目の前の機体は藻掻くこともなく、砕かれたあとは微動だにせずに糸の切れた人形のごとくそのまま沈黙した。


 目の前の機体が沈黙したことにより、今までトオジがいた場所は静かになる。元々、近辺には似通ったシルエットをしていた正体不明な未確認物体が数体おり、それぞれの位置で色々していただろうそれらも行動を停止させたのか、周りに響き続けていた激しい音がおさまる。


 未確認物体間で仲間同士の何らかのやり取り、信号の送り合いでもしていたのだろうか。挙動を停止した他の未確認物体群から俄に注意を向けられた雰囲気が伝わってくる。


 「達人だなんだってレベルだと、これが殺気かだの闘気かだの言ってるんだろうけど、なんとも言えぬ雰囲気は伝わってきても良い予感がしない……」

 所詮、達人名人でもないトオジにとっては益体もない独り言を呟く。ある程度距離があるとはいえ、サイズがサイズなので我先にとこちらへ向かってくる未確認物体群にはあっという間の移動だろう。


 先程までのこのロボットの挙動を思い起こしつつ、今度こそどうするかなどと思案し始めたトオジは、まだ青白く発光しているシートへ腰掛ける。思案のために何気なく座ることをしただけだったのだろうが、座った瞬間に今まで青白く発光していたシートからでなく、空間内全体がLEDでも点けたかのように一際の明るさを発する。


 うっすら青白く発光していたシートの光を掻き消すほどに、どこぞのオフィス内のように煌々と灯りだす空間内部。変わったのはそれだけでない。今までシートに対して相手機体を部分だけがスクリーンとして外を映し出していたが、トオジのいる空間が明るく煌めきだすと同時にシート以外の360度全てに外の光景が映し出される形へと変貌した。


 360度全てを映し出すスクリーン。そして空間の真ん中に鎮座する背凭れ肘掛けが備わったシート。どうやらシートの肘掛けより先以外は透明か透明になったのか、スクリーン同様に外の光景を映し出している。あたかもシートが邪魔で情報が取れないことへの対応なのか。


 「なんだこれ、この機能」

 流石にこれには驚いてても平静を保っていられる度合いを超えてしまったのか、自分でも気づくか気づかぬかくらいで心の声を漏らすように呟く。


 呆然としたのも束の間のこと、徐々に場に慣れてきたようで未確認物体群がトオジの乗るロボット目掛けて向かってくることへ意識を向ける。


 ここはコックピットに類するものなのではなく、まさにこのロボットのコックピットそのものなのだろうと意識を持って。


 ── いっぺんに色々起きすぎて驚きばかりだけど、今はこの状況をどうにか切り抜ぬけるんだ!