星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第四話 点睛



 ── おおぅ、これどうしよう、ここからどうすれば……


 落ち着いたからこそあれやこれやと思い浮かべたトオジは率直な戸惑いの思考で埋め尽くされているようである。

 そもそも所属も生まれも何一つとして知らないロボットに乗って無双しましたと伝えたとして、はいそうですかと周りが納得してくれるとは到底思えない。この場合に聴取役となるのは警察や政府、果ては軍など当たり前に出てくるだろう未来を予想して考えると、調子に乗って出て行ったら大変なことになるのではないかと。


 この時のトオジの想定はまさに的を射ている。国内の治安を法に則って守るのが警察の役目である。此度の襲撃事件は日本国内の法令順守地域で起き、且つ日本国民に負傷者が出ているのは間違いなく、日本国、個人問わず誰彼所有の建造物にも数多の損害が加えられている。最悪、死者となる者も出ているかもしれない状況である。


 警察としても状況を把握するために当事者に事情を聞かなくてはならない。今や相手方は完全沈黙状態であり、そもそも中に人がいたかすら分かっていない。そうした中で、日本国民であり日本語も通じて、当事者間違いなしのトオジが出て行けば色々と詰められるのは間違いなし。ましてや誰の所有か分からない機体に乗っていて、これが万一にも襲撃事件を起こした犯人若しくは犯人グループのものだったら共犯として扱われることも大いにありえるのである。


 襲撃事件が他国からのものだった場合、警察も勿論出てくるがことは外交問題となりえるのでここに政府が乗り出してくることがありえる。日本国外の話になるとそれは国内法適用対象外となり俗に言う治外法権となりえる。ではどうなるのか言えば、先ずは国と国との話し合いから始まる。その為には政府と呼ばれる国そのものの運営として政を執り行う団体のお出ましである。

 これが何度か汚職にまみれて頓挫している世界政府などという国の立場を越えた組織体でもあれば話は別だが、如何せんそこまで強権を保持している団体がない為、国同士のしょうもない駆け引きが続く中ずっと拘束させられる可能性もある。


 そして同僚や後輩が話題にしていた地球外からの襲撃だった場合、これはもう一国がどうこうする話ではなくなるため、政治も出てくるが今度は状況が明るくなるまでに国を守る役目を担う方々のお出ましになる。そう、軍である。この場合の聴取となると相手方の戦闘における話などが容易に想像つくも、実際にどうなるかは本当のところは分からない。先ほどのように乗った機体がやっぱり地球外のものでしたとなれば最重要機密扱いとなり通常の生活に戻るには何年単位での時間がかかるやも知れない。

 勿論、他国から継続的に行われる襲撃だった場合も同様に軍が表に出てくるので話は似たものだろうが、そもそもトオジ自身、今日乗り込んだ機体のことなどとんと聞いたことがない。もし地球、ないしは国産だったとしてもやはりどこかの極秘情報以外にはありえない。


 どれも嬉しくない未来だが、政府と軍でなら最悪と想定しても最重要機密事項保持者となり、上手くいけば扱いは一般生活に制限がかかる程度なのかもしれないが、こと警察の場合は最悪だと留置からの被疑者扱いの取調べもありえる。

 どれをとってもトオジにとっては嬉しくない未来であろうことをトオジ自身想像して思い悩む状況から現実へと差し迫っている。


 無条件ヒーロー扱い? だったらいいけど現実はそんなに甘くないだろうなと黄昏るトオジである。


 「後輩! そっちにトオジはいたか?」

 「いえ、残念ながら見当たりません。同僚さんの方はいかがですか?」

 「こっちもなしだ、あいつのところはあのデカブツが動き出したまさに中心だったようなところだからな」

 「ええ、もしかしたらどこかに埋まっているかもしれません」

 「・・・最悪は」

 「考えたくないですね」

 「そうだな、生きてろよ! トオジ!」

 そんな中、周りの音を拾っていたスピーカーから同僚や後輩のトオジを心配して捜索してくれている声が聞こえてくる。これにはどうしようか悩んでいたトオジもいい加減時間がないことを悟り、狼狽え始める。


 ── ああ!! どうしよう、どうしよう

 迷いに迷ってついに現実逃避の一言がトオジの口から呟かれる。


 「とりあえずここから逃げるか?」

 それはまさに言うが早いか。トオジが呟いた瞬間、コックピットのハッチが開くわけでもトオジを強制射出するでもなく、トオジが搭乗する機体がトオジを乗せたまま空彼方に向かって飛び去っていく。


 流石にこれには人心地ついた後の気の抜けたトオジにも予想外の動きであったため、理解が追いつかずにただ全天スクリーンに流れる景色を呆然と眺めるだけだった。


 呆然と景色を眺めていたトオジも乗っていた機体がどこかに着地したことを感じて改めて全天スクリーンで周りを見渡す。


 「そうそう、あれがいつも出社している山でね、緑が溢れる豊かな環境です。腰掛けるのは切り株です。なんつってね」


 「なんつってねじゃねえよ! 出社先が山ってそんなわけあるか! 林業者かなにかかな」

 面白くもない一人ノリツッコミをしても静けさだけが返ってきて更に虚しさを誘うトオジであった。

 時間としても僅かしかかかっていない間にトオジの見渡す景色はガラッと変わってしまっている。乗っている機体と会話したわけではないのに思ったことに沿ったような行動をしてくれて、先ほどの襲撃を切り抜けてくれることに至ったのには流石にトオジも気づいていた。気づいてはいたがまさか逃げる=その場から飛び立つなどと微塵も思ってなかったトオジとしての精一杯の皮肉であろうか。


 しかし、飛び立つ以外にもトオジが搭乗する機体が進展を見せてくれた。着地した後にトオジが盛大に叫んだ後、徐にシート前面のスクリーンが凹んだかと思うと凹んだ部分が右へとスライドしていき幾層かの壁が右に左に上に下にとスライドしたと思っていたら、どうやらハッチの開放だったようで外に出られる状況になった。


 ── 最初乗り込んだ時、ここから入った覚えないんだけどな……

 ふと当然といえば当然の疑問をトオジが頭に過ぎらせてた様な首の傾げ方をしていると、またもトオジが乗っている機体が動き出す。今度は飛び立つわけではなく機体を屈ませさせる行動であった。


 「これは、俺にここで降りろってメッセージか?」

 次から次に疑問が出てくるのを抑えてハッチから顔を出し次いで身を乗り出していく。

 どうやら、ハッチから振り落とされる心配はないような上に乗っている機体がご丁寧にも手を添えてくれている。トオジはハッチから添えられている機体の手へと乗り移る。するとトオジを乗せた手は独りでに地面へと接地してくれる。


 トオジは抱く疑問を他所に導かれるまま外へと出る。すると、トオジの無事を見届けて満足したかの如く、トオジが乗っていた機体はそのままハッチを閉めるとまた彼方へと飛び立ってしまった。

 トオジ本人が色々思い悩むのはどこに行ったのかと思えるほどに、ロボットとの遭遇からここまであっという間だったが、それ以上に別れは拍子抜けするほどにあっけないと思えるほどであったろう。


 「さっきまでのビル群が山に早変わりってどこだここ」

 去っていく機体を見送ったまま、一人取り残されたトオジがポツリと呟く。結局、襲撃から今までトオジが乗っていた機体の外見は最後までしっかり見る機会がなかったということは後になって気づくことになるのであった。


 トオジの手元には個人端末もGPSもなかったため、あちらこちらを歩き通すこと二時間。

 なんとか現在地を把握し、交通機関も運行していることを知ったトオジは今日中に自宅に帰りつける目途が立ったことに安堵しつつ、明日以降のことを思いながら気も足も重くして歩き出す。職場のバッグの中に置いてきた個人端末への着信数のことも思うと肩まで沈む勢いであった。





 -- 数時間後

 トオジは疲労困憊になりつつ自宅に帰りつく。


 帰宅中にとった軽い食事と移動中の睡眠で多少頭は冴えているようで、いきなり倒れるように眠り込むことはなかった。自宅に着いたトオジがしたことは仮想社用端末を立ち上げて現在の状況を把握し始めることであった。

 ある程度把握した結果、職場周辺一帯は現場保存と救助活動、倒壊ビルなどの片付けなどの名目で立ち入り禁止となってることとそれに伴う社ビルへの等分の出社禁止が全社含めて関係各位へ通達となっていた。


 個人端末への着信を統一仮想端末で確認したところ、想像通りに同僚後輩庶務から着信が多数入っていた。掛けてくれたそれぞれには、だいぶ遠くまで吹き飛ばされて気づいたのもだいぶ後になってからだったから人もいなくなってて、とりあえず家について落ち着いてたなどの誤魔化しに次ぐ誤魔化しでどうにかその場を切り抜ける。誰もがトオジの身の心配をしてくれる上に、しっかり休めと優しい言葉をかけられる度にチクリチクリと心が痛むようでトオジは通信越しに苦笑いしながらお礼の言葉を返す。


 同僚とのやり取りだけは最後に、警察から当日現場にいた人たちの調書を取りたいから落ち着いたら社ビル最寄の警察署へ向かってくれだとよとの伝言を別れの挨拶代わりにもらう。


 ── やっぱり警察には行かないとならないか

 当然といえば当然の話であるので、どちらにせよトオジは向かうことになるわけである。トオジはガクッと肩を落とすがもう破れかぶれと開き直るつもりのような表情を見せる。


 その後の話や同僚らとのやり取りも終えて、一段落したトオジは今日あったことを思い出して整理しだす。それこそ今でも夢だったのではないかと思う事柄も含めて思索に耽るように。


 思い出しながら世の中に出回っている映像を見返す。

 被害に遭いながらもなるべく近くから撮影されたもの、現場を遠巻きに眺めながら撮影されたであろうものが報道やネットを通じていくらでも見つかる。

 トオジとして一つ安心したことは機体に搭乗した映像が一つとして見当たらなかったことであろうか。


 注目して見返しているのはやはりトオジが搭乗した機体の映像ばかり。

 当然といえば当然のことながら、正面から見上げた以外にトオジ自身は搭乗した機体を見ていないので色々な視点からの映像を改めてみることでよくよく観察することになる。


 いくつかの映像の中でもトオジが乗った機体を中心に説明しているものを中心に見ている。

 全長およそ25mを超えて30mほどもある巨体、相対した所属不明体が岩石や鉱石のようなのっぺりした形状に肩腕脚がくっついているのに比べると、より明確な人型と見て取れる。

 形状は流線型よりもどちらかと言えば角ばったようなデザインに見える。

 その中でも一際目に付くのが、機体の左肩にある球型の存在であろう。右肩は角ばった肩の作りになっているものと比べても大きさも形も並外れている。

 頭部の形は人型というよりも前後にやや長めであり、前面に向けて三角形とでも言えるような形に近い。目と思われる部分はバイザーなのか、横一直線の光る何かになっており、多少凹凸はあるものの口などは存在しない。

 胴部は厚みのある逆三角形を保ち、胸部位置から前面に押し出すように盛り上がっている。

 左肩は特殊としても腕部は映像を見ても挙動に制限されているようにも見えず、人と同じだけの稼働域を保てるような作りのようだ。手に至っても人と同じ五本指タイプのマニピュレーターと言える。

 腰部には前掛けと言えなくもないようなものの存在が見える。

 脚部は足元に向かって大きくなる形を取りながら足は前と後ろで大きく分かれるハイヒールとでも表わせるような形状をしている。

 背面には中央から左右に分かれる形の二対の機械翼とでも言い表せるような大型スラスターであろうものが備わっている。


 幾度も見ていくうちに襲撃のことは考えても分からない結論にしかならないだろうからか、先ほどからしきりに”わからんー”との言葉を漏らすトオジ。同じようになぜあの機体に乗れたのかのこともどんなに考えても答えが出ないようで、その二つを考えることは諦めたようだ。


 「操縦は思ったとおりに動いてくれたけど、あれは操縦してたということでいいんだろうか」

 「ほんと何から何まで不思議なロボットだったな」

 「しかし、俺がロボットに乗って戦う現実が来るなんてぁ、人生は分からんもんだ」

 結局、何も納得できるような答えになど辿り着いていなかったが、トオジ本人は何か直感で理解したようなことでもあるようなどこか納得も含む呟きを漏らす。

 世間一般に出回っている機体に乗った者なら、如何にトオジが乗っていた機体の性能が異常なのかが良く分かるのだが、如何せん他の機体に乗り込んだこともないトオジには境遇の面でしか思うことはなかったでのあろう。


 一人、部屋でくつろぐトオジはふと気づいたように言う。

 「せっかく乗れたロボットを名無しのままにしとくのもあれだしなんか付けとこうかな」


 ちょうど振り返っていた時だったので多少なりでも気づいたことで考え始めるトオジ。


 「そういえばあのロボット乗ってて、薄れかけたASTにAとOが重なったようなマークを見た気がするな」


 「うーん、エーエスティーにエーのオーでアストオー? うーん」


 「なーんか違うんだよなぁ」

 なんとはなしにふと顔を上げたトオジの瞳に、窓から見える夜の雲間から顔を出す月が映る。


 「そうだよ! あれだ!」

 なんとも安直ではあるが、なにかに気づいたように声を上げるトオジ。


 「あのロボットの肩にあったのはなんとなくだけど星のイメージが合ってた」

 細部まで見ている余裕はなかっただろうトオジでも印象に残ったものはあったようだ。


 「そうするとアストってよりはアストラ、だな」


 「うん、アストラオー。次見ることあったらそう呼ぼう」

 次見ることがあるかも分からない未来を思ってのことだろう言葉に満足したといわんばかりにベッドへと体を預けるトオジの長い長い一日の夜が更けていく。