星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第五話 雨模様



 自ら計画して実行していることでもなければ、いつの世もたった一つの不意な報告だけでその者達の状況は一変するものである。この日はその不意の報告を受ける者達が多く存在する日となる。


 この日は朝から曇り空が広がる生憎の天気となっていた。


 ここはとある厳粛な建物の一室。木製で出来ている頑丈そうな扉が存在する。厚めに作られている扉は框組戸で、縦二列に上から下に四角形を整然と並べて、それぞれ四角形の中央を凹ませるように削られた装飾を施されている。荒い削りだしや下品な仕立てになっていないその作りは職人が丁寧に仕上げたであろうことが伺える。その重厚さを醸し出す扉が突然のノックで低い音を響かせる。

 「入りなさい」

 室内にいた人物が入室を促す言葉を発する。

 「失礼します」

 「用件はなにかな?」

 部屋の中で手元にある書類に目を通していた男性は、目線だけを僅かに上げて入ってきた男性を一瞥すると、さも時間が惜しいと言わんばかりに本題を促す言葉を矢継ぎ早に告げ、手元の資料に目線を戻す。入室した相手は室内にいた男性の顔見知り、口調から察するに部下の一人であろう。


 「はっ! 報告します!」

 「東京都S区にて、未確認不明体と思われる集団から襲撃があったとのことです。襲撃してきた未確認体ですが、報告では昨夜未明に麦国で確認された不明体と酷似しているとの情報が入っております」

 報告した男性はなるべく手短になるように、内容を要点だけになるよう簡潔にして部屋にいた男性に告げる。


 「・・・・・・」

 報告した男性は目の前の男性から次の言葉を待つためか、部屋にいた男性ともどちらも発言がなく沈黙が訪れる。報告を終えた男性は不要情報を伝えないように問われるまでの沈黙であろうが、部屋にいた男性は報告内容を寝惚けて聞き違えたか一旦自身の頭で咀嚼しているのか発言もない。


 書類に目を通していた男性は目の前にある机に書類を置いて改めて顔を上げる。

 「疲れているのか、君の言葉を良く理解できなかったみたいだからもう一度聞くが、東京都で未確認体による襲撃事件があったと?」

 「はい、襲われたのはS区となります」

 理解できなかったという割には、ただの追確認だったようで訂正されることなく返ってくる言葉が肯定であることを聞いて腕を組む。


 「それで、襲撃はまだ続いているのか? 続きを頼む」

 「はっ! 襲撃があったのは朝の十時十分頃、襲撃してきたのは同系統らしき所属不明未確認体八体。襲撃は鎮圧され、現在は八体すべて沈黙しております。警察が事態の後処理と解明に向けて動いており、救急は負傷者受け入れを始めておりますが手が足りていない模様です」

 「は? 鎮圧?」

 報告してきた男性の内容を聞いて思わず間抜けな声を出し、想像していなかったであろう驚愕の事実についてオウムよろしく単語だけで聞き返す。


 「はい、現場では襲撃してきた未確認体そのものや鎮圧された際に砕かれたろう破片が散乱しているとの事ですが、警視庁が指揮を取って回収を行っています」

 「酷似していたという麦国では警察兵備で手も足も出なかったと聞いているが、S署の面々で鎮圧しきれたのか?」


 「・・・」

 先ほどから淀みなく報告していた男性が、今回初めて口を開くことに戸惑っているかのように間を置いてから報告を続ける。


 「いえ、情報によると鎮圧を行ったのはS署の者達ではありません」

 「警察ではない? 軍が先んじて現場に駆けつけたのか?」

 「いえ、違います」

 「?……なんだ? 言ってみなさい」

 先程まで歯切れよく話していた男性に戸惑いの色が見えたことを察したのか、話を聞いていた男性は促すように、報告している男性が把握している事実の答弁を要求する。


 「はい、申し上げます」

 「鎮圧をなしたのは更に系統の異なると思われる、乱入した第二の所属不明未確認体の手によるものです」

 報告を聞いた男性は更に混迷した思考へと陥りかける。冗談交じりでもない状況下であまりにも荒唐無稽な話が当たり前として思考させられるのは、目の前の男性が今までも報告で冗談や疑義を交えることがなかったのであろう。


 「・・・それは事実か?」

 「は、俄かには信じられないことですが、現場で巻き込まれた幾人もの証言と幾人かが撮影した内容に記録が残っているとのことです」

 報告を受けた男性は堪らず深く息を吐く。話の内容があまりに現実離れしていてどこかで人を騙すことでもしているのかと疑いたくなるようなその内容であっても、報告を受けた男性もさもそれは当然のこととして淡々と聞き取っていることから、報告を上げた男性が目の前の男性にいかに信用を置かれて重用されているかがよく分かる状況となっている。


 ふいに重厚な扉から重めのノックの音が響くと同時に扉の向こうから声が聞こえる。

 「邪魔するぜ」

 声をかけた人物はノックはあくまで形式だけであると言わんばかりに、内からの返事を待たずに室内へと足を踏み入れる。

 「デンさんか」

 先程まで報告を受けていた男性が、新たに入ってきた男性へと答えるが、見知った間柄のようで気兼ねのない挨拶を交し合う。


 「見たところゼンちゃんも報告を受けているとこみたいだな、こっから先はおいらが引き受けよう」

 「わかった、デンさん頼む」

 旧知の仲であろう二人は、阿吽の呼吸如く二人で話し込むようにしていたところだが、報告に来た男性は二人を見つめたままその場から微動だにすらせずに何かを待っているように佇む。


 「そうだったな、今はもう襲撃はないのだな?」

 「はい」

 ゼンと呼ばれた男性は自分のすべきことが終わっていないと思い出したかのように、報告に来た男性へと話を戻して続ける。


 「では、都知事や警察関係者と軍関係者へ一時間後にいつものところに集まるよう告げてくれ。それから救急は区を超えて動いているだろうから受け入れ先含めて支援が滞ることないように手配を頼む」

 「はっ! マスコミに対してはいかがしましょう」

 「もう漏れているだろうから先走らない様にだけ牽制してくれ。内部関係者には箝口令を布くように」

 「はっ!」

 先程まで微動だにしなかったのは指示を待っていたようで、報告をしに来た男性は指示を受けて部屋から飛び出そうとした矢先、ゼンは付け足すように続ける。

 「手の空いている者に、藍君をここへ呼ぶように伝えなさい」


 「失礼します」

 追加の指示を受けた男性は、把握したと言わんばかりに大きく頷くと退室の礼を取り、部屋から出て行く。


 「難儀な話になったな」

 部屋に二人残ったところで、先んじて事の詳細を聞いていたであろうデンと呼ばれた男性が嘆息するように声をかける。


 デンと呼ばれた男性が話す内容は、先程簡潔に報告を行った者の内容にそれぞれ現時点で知り得ている範囲での詳細を付け足した襲撃事件の全容報告であった。

 先程までいた男性も同じレベルで把握はしていたろうから、デンが話す必要はなさそうであったがゼンの指示を遂行させることを優先させる為に説明役を買って出る配慮をしたのであろう。


 「どしたい? ゼンちゃん」

 「今までも幾度となくあった時代時代の困難が私の代では斯様な形で起きるのかと思いましてね」

 「日本国総理たるゼンちゃんに託された試練といったとこだな」

 「なに他人事のように言ってるんですか、サポートお願いしますよ副総理」

 「おっと、こいつあー参った」

 緊急である話をしていた二人の会話から笑い声が漏れる。


 このゼンと呼ばれた男性は、顔に少々ついた贅肉が弛んでどことなく優しげな風体にも見えるが会話の通りに、一国の政をトップで担う日本国総理、その人である。

 その日本国総理ゼンから副総理と呼ばれたデンという男性は、総理と比すると顔に弛んだ贅肉はほとんど付いておらぬものの、やや強面に見えなくもない額や目尻などに刻まれた数多の深めの皺から一般的な男性よりも厳しく長く生きてきた人物だと見て取れる。

 その二人がした今の会話も聞く人が聞いたら、”何を不謹慎な”や”立場にあるまじき振る舞いだ”など揶揄されかねないが、今この場に二人を邪魔する存在がいない故の気心知れる掛け合いであろう。


 「しかし、国の構造上、官僚における一部の傲慢や腐敗における行動が避けておけず厳しい戦いを続けて、さあ最後のメスを入れるぞと言うところで、このような事件とは皮肉ですね」

 「ちげえねえ、が、それでもおいら達はやらねばならんのさ」

 「そうでしたね、愚痴ですので忘れてください」

 「なあに、誰も何も聞いちゃおらんよ」

 ふと愚痴るゼンに叱咤するも、デンはゼンが落ち着くのを待つ。


 「しかし、麦国にも出た所属不明の未確認体はともかく、更に正体不明の未確認体が現れたとなると一時間後の会議は紛糾間違いなしでしょうね」

 「ああ、そうだろうな、警察とは言え麦国が撃退できないやつらをたったの一体であっさり打ち倒してしまうのではな」

 「デンさんは更なる乱入者となる未確認体に見覚えは?」

 「いんや、おいらの知る限り、どこの国でもどこの団体からの報告でも見かけたことのない代物だ」

 先程、召集した一時間後の会議内の想定をしている二人にとっても、鎮圧役となった未確認体へはより興味をそそられているのであろう。証言と僅かな断片映像のみから推測している会話であるが、ここに事件を間近で見た者がいればあっさりなんて言葉がいかに薄っぺらく感じるほどかと力説するほどに衝撃的なことであったと語りそうである。

 二人にとっては有事の際の会議であっても踊るであろう想像が容易に脳裏へ浮かぶためか、なんとも言えない渋面をさらして暫し黙考したりしている。渋面をした二人の心の声は有事となるので協力的であってくれや前向きであってほしいなど、どちらも似たような思いを抱いているであろうことが伺える。











 二人が話し込んでからしばらく、今日何度かの注目を浴びた扉の向こうから人の気配がする。

 「総理、藍です。入ります」

 ノックしたらすぐさま入室してきたのは一人の女性であった。先程のデンとは違い、名乗りもしている以上は藍と名乗った女性と総理との間にはデンほどとの親しさはないものの、礼儀を忘れずかといって余所余所しくもないほどにある程度距離が近いことが伺える。


 「来たか」

 先程、部屋を出る間際の男性に言いつけてゼンが呼んだ、待ち望んでいた相手であり声色からも安心しているのが伺える。


 「総理、呼ばれた理由ですがやはり朝方のことでしょうか」

 「うむ、それについて後ほど軍や警察、政治家の主たる面子で会議を開く」

 「では、それに向けた事前の認識合わせで?」

 「いや、そうではない。どうせこの打ち合わせはある程度の方針を決めた後は答えのない問答を繰り返して終わるだけだ」

 「そうすると、副総理もいるこの場で何をなさいますか」

 ゼンの回答が藍と呼ばれる女性にとっても想定の範囲だからか、特段顔色も変えずにゼンの話を続きを待つ。


 「話はもう一つ出てきた騒動鎮圧の立役者となっている第二所属不明体についてだ」

 「話は聞いていますが、そちらも騒動後はどちらかに飛び立ったと聞いていますが・・・まさか!」

 「そう、デンさんの情報網によると襲撃事件後に地方で巨大人型の目撃情報が入ったとのことだ」

 「今後の情報次第ではまだこの国のどこかに留まっているなんてのが出てくるかもしんねえな」

 ゼンと藍の会話に付け足すように先程まで沈黙していたデンが言葉を発する。


 「おいら達が話しすべきは第二所属不明体の今後の動向と扱いについてだ」

 ゼンとデンは藍が来る前に既に話し合っていた内容を藍に告げる。

 二人は国内において所属不明体の扱いが宙ぶらりんになることで騒動の火種を放置したままなのはいただけないこととして懸念しているが、それだけではなく、もしかすると諸外国のどこかの存在かもしれない不明体を国内に留まっている間はいち早く確保するなり、話し合いが可能かを見極めるべきであると結論付けた。

 今回、明らかに人類または日本に対する助力となる行動を取ってもらったのは間違いない。物理的な確保はほぼ無理に近いかもしれないが、意思疎通それが言語による会話で行えるようであれば先んじてすべきであると。しかし、全くもって危険がないとも言い切れないのと依然として正確な位置や情報を把握しているはずでもないので先行調査隊や極秘の業務として整理してほしいとの話であった。


 「すまないね、ただこれは時間との勝負でもある」

 「そうですね」

 ゼンの言葉に藍が頷くとおりに、今まさに何処かへと飛び立っているやも知れないし、国内はともかく外資系企業が我が物顔で各国関係者を好きに動かしているかもしれない状況もありえると二人は言葉の裏で互いに察しあう。もちろん、警察や国民や国内会社が発見したのであればそれに合わせて、管轄を総理直轄とするよういつでも円滑に動ける基盤作りをとの意図も含まれていることも察っしたようである。


 この二人のやり取りは事件の概要説明を共有しあうだけで察すること前提の会話が進む。察する力で有能か否かを推し量ることにしばし用いられることもどうかと思われるが、察するとは相手の思惑を慮るだけでなく会話内における全体組み立て力や発言の元となることへの紐解き力も必要である。

 昨日今日会っただけの仲であれば、何を莫迦なと一笑に付すべきであろうが、苦境を共に乗り越えてきた者同士であれば備わっていてもなにもおかしな話でもない。むしろ、いつまで経っても一からどうするかと手取り足取り説明すべき存在を近くに置くことはないであろう。

 過去からあるハラスメントの要因の一つとして、この能力を出会ってすぐに発揮できるほど完璧に身に着けていないとどこまでも落とし貶されるのもあったであろう。ゼンとデンとの間柄とは違うものの、ゼンが藍をどれだけ信頼するに足るとしているかがこれだけでわかるというものである。


 「災害大国たる所以の我が国が、一度遭ったが二度ないと言い切っているわけにもいかない」

 「分かりました、総理。まずは最終目撃地と思われる地域への派遣と調査を行わせます」

 藍は二人とは別行動としてすぐさま部屋を出て行く。残った二人は行動指針の認識を合わせたことにより、一息ついた後に踊ると揶揄する会議へと出席する。