星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第六話 一報



 事件発生から三日が過ぎた頃、ゼンがいる室内で突如呼び出し音が鳴り響く。






 ここは東京都H村、山梨県との境にもほど近い山腹。


 「リーダー、こちらです」

 「これがそうか」

 若い男性に付いて一緒に歩いているリーダーと呼ばれた男性は目の前の巨体を天を仰ぐように見ては感慨深そうにしている。


 そう。総理であるゼンの元に届いたのは第二所属不明未確認体ことアストラオー発見の報せであった。第一陣派遣団は数人の規模であったため、発見と報告の後は簡単な反応チェックで留まっており、見るからに工業関連の技術者を中心とした調査団が第二陣として発見現場へと派遣されていたのである。


 第一陣として派遣された先遣隊は数人であったが、目撃証言などの調査には無人探査機(ドローン)と画像認識ソフトウェアが用意に使える時代ならではの少数対策は行われていた。と言っても現地に乗り込む時に人が行くのは変わっていない。


 「後は、説明したとおりに各人は指示された分担に当たれ」

 少しして見とれいる場合でないことを思い出したかのように、すでに周りに集まっていた部下を呼び寄せて上役から出ていた指令をこなすべく業務内容を展開して指示を出していく。


 今回はあくまで調査、検分が目的なので敵対行動を取るなどの危ない行為はないとはいえ、未知の存在に関わるのはやはり誰にも言い知れぬ不安は与えるものであろう。ただし、一部例外として好奇心が勝る者もいるにはいるが仕事としている意識がある以上はそちらの方が圧倒的に少ないのは道理を弁えた者達の集団であろうことを示している。


 「しかし、事前の確認では全く反応がなかったとのことですから人どころか生命体すら見当たらなかったみたいですね」

 「ああ、と言っても乗ってたような存在がいるのかすらわからんがな」

 「ええ!? これはどう見ても乗るものじゃないですか!」

 「言いたいことは分かるが、実証されていない以上納得はできん」

 「もうリーダーはかたいですね。折角、アストラオーがこうしているんだから存分に調査しちゃいましょうよ」

 一部の例外たる好奇心に負けた存在が、技術集団のリーダーに軽口を叩く。二人して巨体を仰ぎ見ながら会話していたが、好奇心旺盛な彼は期待に満ちた満面の笑みのまま言葉だけリーダーに向けて話しかけていた。横に人がいなくても一人の世界に没入して話し出すんじゃないかと思えるほどに周りに目が向いていない。


 「アストラオーってお前、だいたいの調書に目を通したからって、あれも見たのか」

 「もちろんです! 近くで目撃した人の情報ですし、なにより助けられたからには名前つけて呼んじゃう人の気持ちもわかりますから」

 ”ただ僕だったらもっとこう名前つけるけどな”などと独り言になりだしたところで、リーダーは困ったような顔をしつつも”ちゃんと仕事もしろよ”とひと声かけて、別の人の下へと歩き出す。自身の仕事もあるものの全体の進捗状況の確認もするためか忙しなく動き回っている。


 リーダーがいくつか見回っていたところ、どこも大体の人たちが不明体とされていた巨体について共通の固有名で話し込んでいるのがわかった。現場レベルであるならどんな名称を付けていても困ることはあるまいなどと思ったのか、特に咎めることもなく各自淡々と作業を進めさせる。後々聞いた話では、調書を取っていた警察関係者も名称不明で困っていたので丁度いいと言わんばかりに暗黙の了解の内に使い回していたとのことであった。


 作業は全長の測定から、超音波なども用いた構造内の確認など多岐にわたる。そんな中、管理職からの要望と現場での結論の相違による押し問答も幾度か行われていた。


 「だから言ってるじゃないですか、こいつをそちらに持っていくなんて現実的に無理なんですよ」

 『そのための解決策を見つけるのが君らの役目ではないか!』

 「こいつそのものが一体何百トンあると思ってんですか、切り刻んでパーツごとならいいかもしれませんが、組み立てどころかバラす方法すら明確になってませんよ」

 専用の回線を用いた通話装置越しに現場リーダと報告待ちの管理職とのやり取りが今日何度目かといった様子で起きていた。元々、発見後は確保としてせめて最寄りの軍事基地まで移送させたい思惑もあったようだが、簡易測定から算出した想定重量があまりにも大きく、現実的な移送は難しいと報告をあげた後のやり取りであり、この結論では実地での調査の継続と監視の追加が決定されたようである。








 ここは東京都S区、S署内。アストラオーが東京都の山奥で発見されるよりも二日前。


 「こちらにどうぞ」

 「どうも」

 トオジは事件の被害者の一人として調書作成に参加依頼が出ていた。無論、これは事件に巻き込まれて直接的な被害を受けた人で可能な人から順次となっており、同僚や後輩なども同じ日に行っていた。事件の規模が規模だけに警察内でも通常より一段以上は高い優先要望が出ているであろう。中心地で巻き込まれた人の数も多いため、警察も調書を取るだけでどれだけの人員を投入しているのかと思われる状況である。


 とは言え、被害にあった面々もトオジのようにロボットに乗って活躍したわけではないので一人を除いて被害を受けた場所と状況の違いこそあれ、どれもトオジ曰くのアストラオーに助けられているので一人一人の調書量にも限りがあるのは目に見えていた。


 「それで凱さんは会社の方々と分かれて吹き飛ばされてた後は、更に吹き飛ばされたと」

 「そうです。起きたら元いたところからだいぶ離れているところでした」

 「それだけ飛ばされていて掠り傷程度ですんで非常によかったですね。あの大っきいのが色々動いたりした反動で更に飛ばされちゃったのかもしれませんね」

 「そうですね。アストラオーのお陰で爆発などにも巻き込まれなかったようで」

 発言してトオジは内心でだいぶ焦っていたのであろう。先程まで調書作成で多少和んでいた空気が音を立てて凍ったと錯覚させられているような程に、トオジの前で調書を取っていた担当の顔色が険しくなる。担当としては訝しんでいるのであろうが、当事者たるトオジには疑われると思う思考にとらわれてか弾んでいた会話がピタリと止まる。


 「凱さん、アストラオーって?」

 一呼吸置いて調書担当の当然といえば当然の質問が飛んでくる。


 「あ、いや、あの。あのですね。そのー、えーと……」

 「・・・?」

 「あれ! あれです。助けられた事になってるのに名前がないのは不便なのと気を失いそうなときだったと思うんですけど、なんかその言葉が脳裏に過ぎったのでそう呼んでました!」

 だいぶ言い淀んでどもった後に元々考えていたかどうかすら分からぬ回答(言い訳)を捲くし立てるようにする。見る人が見れば訝しむくらいされてもおかしくなさそうではあるだろう。


 「なるほど! そうですよね。名前あったほうがいいですよね。僕らも名前なくて堅苦しい名称とあのとかあれとか言ってましたし」

 それを受けた調書担当は一分も疑うことなくはなく、単純な疑問のみを聞くだけでトオジの言い訳に納得して話を先に進める。

 トオジとしては気が気じゃない状況であったが話が先に進むことにこれ幸いと余計なことを言わずに調書取りを続ける。この後はアストラオー呼びしていても相手に何も思われることがなかったので隠すことなくそのままの言い回しで続けるのであった。


 実際、アストラオーそのものが見つかり、調査が始まるのは二日も後のことである。ここの調書担当の先入観に、一般人でしかも目立つ風もない目の前の人間が突然現れた存在に乗り込んで戦っていたなど、周りに同意を求めてもおかしな人間と思われるような思考回路に至っていないのもなにも不思議ではない。むしろ、現時点で事実が分からないため聴取して調書作成している状況下で“あなたはそのアストラオーに搭乗して戦ったんですね”などと言い出す方が調書担当としているなら、それは非常に危険な話である。下手をすれば本人は悪気もないまま冤罪を仕立てるくらいに思い込みが激しい人物なので就くべき仕事ではないであろう。


 別れ際、調書終了というよりも言い訳という挙動不審終了の安堵の方が強かったための虚脱を心配してくれただろう調書担当の相手からは”念のために検査は受けといたほうが良い”との助言をもらったことに対して素直に頷きつつも、内心で申し訳ない苦笑いを浮かべている表情でやり過ごすトオジであった。


 事件当日のトオジはアストラオーに搭乗する前の爆発で巻き込まれて飛ばされたときに作った掠り傷以外は、帰り道を足が棒になるまで数時間探し彷徨った時にできた足の痛みくらいである。掠り傷よりもそちらの方が本人にとっても重症ではないかと思うところだろうが、事件の衝撃が衝撃だったために気にしだすまで忘れていたほどである。


 S署からの帰り道は開放感からか、S署に向かうときの緊張感に包まれた雰囲気とは正反対のリラックスムード全開で先日の事件映像をあたかも観客気分のように眺めながらにやけ顔を浮かべつつ帰路につく。








 時は戻り、東京都H村、山梨県との境にもほど近い山腹のアストラオー調査団の拠点設営地。


 設営されているテント内で幾人かが話し込んでいる。おそらく、業務の合間の休憩といったところであろう。


 「事件映像と既に出ている情報だけで精査すると、この世の存在とは思えませんね」

 「ああ、いくつかの事実は解明して公表すれば、その手の業界へとてつもない衝撃を与えるだろうな」

 休憩であっても、テントの外にある存在が作り出した事実の精査で話題は事欠くこともなし。休憩なのか業務のまとめをしているのか境目すらないような状況を作るほどに技術者集団の周りも慌しくしているのだろう。


 「しかし、中間管理職も大変だとはいえ現場にも出ずせっつくだけって言うのはどうなんですかね」

 「言ってやるな、今の上役はともかく一代前の人のように技術畑出身だったからか割かし融通利かせてくれるありがたい人もいたんだ」

 ここ数日は雲行きも怪しかったものの、強い雨も降ることなく過ごせていたが休憩しているテントとは別のテントからは今もリーダーと通話装置越しの上役との話し合いと時には言い合いの声が響いてくることへの愚痴も定番となっていた。ここにいる者達は根っからの技術者も多く、見合わせている表情からストレスが溜まるのが目に見えているリーダーになりたくないと思っている者が少なからずいることが伺える。


 調査の結果として、判明したこと機材や時間が足りなくて不明のままのところや精査マシンがスキャンして分析した内容などを電子ノートへと反映していく。幾分か型遅れの電子ノートを扱っているものの、彼ら自身の応用力の高さか業務をこなしてきた慣れに依るのか特段支障来たすことなく軽快に扱っている。

 精査マシンからの反映や分析して電子ノートに記録した内容は数秒の誤差はあるものの共有されたデータを整理して時系列表示やカテゴリ分け表示など、閲覧者に合わせて表示を変えるのでリーダーも担当者も状況の進捗具合を把握しながら限られた時間の中で無駄を省き効率良くなるように作業を進める。



 翌明けて、昼夜問わずに業務を行っている面々も早朝打ち合わせから解放される。


 都心の早朝よりも更に静寂な山間の早朝の静けさもふいの機械音で掻き消される。音の正体は、朝も早くからリーダーの電話へ着信があったことを伝える呼び出し音であった。


 「はっ! 分かりました」

 リーダーが直通の電話に対して、恐縮した声で答えているのが聞こえる。しかし、現在の現場上司とは専用装置越しにやり取りするところ、直接リーダー本人に電話して更に通話相手たるリーダーを恐縮させている事実。それらから導き出した答えなのか、それについて巻き込まれては堪らないとでも言わんばかりに無言という態度で示すように、誰一人として電話終わりのリーダーへ追求する話も茶々を入れる発言すらもしていない。


 電話を切って、明らか肩を落としているリーダーを尻目に各人、指示されていた業務を遂行するべく持ち場へと戻り、黙々と取り掛かっていく。背後からは”今日も寝られなさそうだ・・・”とリーダーの消え入りそうな独り言だけが微かに聞こえてくる。