星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第七話 追考



 東京都内某所。トオジ宅。


 アストラオーに搭乗して三日が過ぎようとしていたが、搭乗した本人は自室で悶々としていた。


 「うおおおおおぉぉぉ。なんで秘密結社的なところからの訪問もなければ、あれは私の乗機でしたって女の子的なヒロイン来ないん?」

 と阿呆なことをのたまいベッドの上で転がっているのは、とにも間抜けこの上ない姿である。トオジ本人として、嘘になる調書証言をしてきてしまっているにも関わらず、本人に至っては全くと言っていいほどに自覚がないような言動である。そんなものが来て、もし万が一にでも世に広まれば警察で嘘の証言をしていることもばれるであろうに。

 その上、秘密結社発言をする割には調書作成しに行く前日まで、自分が攫われて真実を吐かされるために拷問されるや、なぜ乗れたのかを人体解剖的側面で行われる突飛な思考はどこに置いてきたのやらである。


 トオジ本人が戯けた発言をしている余裕がある理由として調書作成が終わったこととは別に、事件となった未確認体による襲撃が東京襲撃以降で世界のどこにも起きておらず、二日連続で起こったことがパタリと止んだことにより、世の中には襲撃を受けていない者達が九割九分なので野次馬的ニュースや情報の錯綜はあるものの至って平和に戻ってきていることであろう。


 最初の未確認体だろうとアストラオーだろうとどちらにせよ、事件を伝え聞いてる者達は誰一人として原因を明確にされていないにも関わらず、問題ないものと受け止めている対岸の火事意識の存在が多いのも人の性質なのであろう。


 そんな朝の馬鹿げた行動は気分転換だったのかただの一人暮らし故のハッチャケか、ある程度妄言を呟きながらごろごろしていたと思ったら、先程までのおふざけ顔はどこへやら。

 洗面所で顔を洗い意識を切り替えてから真面目な顔つきで厚紙と見紛うような半透明スクリーンに向き合う。



 職場となるビルがある周辺は前回の未確認体の襲撃と戦闘によりまだ立入禁止区域と指定されている。それでもその範囲は徐々に狭められており、職場への立入禁止も近いうちに解けるだろうとされている。それにトオジの会社では軽傷にも入らない程度の傷ぐらいが人的被害であった為、会社は通常通りに業務を行うようにとお達しが出ているようである。

 そんな状況下であるので、トオジをはじめ同じ職場の面々は在宅にて仕事を行う日々となる。今トオジが半透明スクリーンに向き合ったのは在宅での業務を開始するためであった。


 同僚、後輩と雑談通話を行っているトオジは襲撃当時の話で盛り上がっているのを愛想笑いしながら聞いていたものの、アストラオーに乗り込む前後の話は聞いたことがなかったことを思い出したのか、改めてそのことについて尋ねてみる。


 「そういえばさ、でっかいのの活躍は聞いたけどさ。あのでっかいのが現れてから動き出すまででどんなだった?」

 調書のときの失敗を教訓としたのか、同僚たちと話すときはもっぱらでっかいので通しているようである。


 『ああ、そういえばそこは何も話したことなかったな』

 『そうですね、衝撃であり感動は追い払ってくれたことでしたしね』

 壁に掛けられた紙のように薄い一枚のスクリーン越しに、同僚と後輩の二人は簡単に振り返り感想を述べえる。やはり窮地を脱しる際の立役者の話題としては活躍シーンにスポットが当たって話題になるのは当然のことであったので、二人はトオジから聞かれて、当時の内容を思い出しているようだ。


 『まあ、そこは調書取られた時には話してたけど、いきなりあのでっかいのが現れたとしか言えなかったしなぁ』

 『そうですね。トオジ先輩のほうで爆発があったと思ったらそこに立ってましたからね』

 『だよな、トオジは?って思ったらでかいのが立ってましただからな』

 『ですけど、その後いきなり凄く光ったかと思ったら少しの間ただ立ちつくしてる時までは追い払ってくれるなんて思ってもいませんでした』

 『そうそう、光った後もただ立ってただけだったしな』

 『その後からは撃退してくれて安堵しましたけど、それまでは気が気じゃありませんでしたね』

 やはり、周りで状況を見ていた二人はトオジ置いてきぼりでその時の光景を振り返るようにうんうん頷くような反応をしながら話していく。当時、搭乗したトオジとしてはどちらかと言えば搭乗のときの方が印象に残っているであろうか、端から見ていた者達からしたら事情など分からないので答える内容も簡潔なものである。


 「え?」

 二人が話を進めてくれたのでこれ幸いと聞いていたらトオジ本人にとって思わぬキーワードが出たのか、トオジとしても思わず間の抜けた声で二人の会話を遮る。


 『ん?』

 『どうしました? 先輩』

 「いや、今二人とも光ったって・・・・・・」

 『ああ、それ? お前はその時もう気を失ってたって言うから気づいてなかったか』

 『一瞬、凄く光ったのは確かですし、その前にも少しだけ光を出てたようにも見えなくもなかったんですけどね』

 『お? 後輩もそう思った? 俺も俺』

 トオジは改めてその時のことを思い出したのか、乗り込む前に確かに眩しくなって目を閉じた記憶を思い出したようで二人の会話が耳に入らなくなったように考え込む。二人はトオジの様子を気にすることなく”同僚先輩もですか”とその時の話で盛り上がる。


 ── あれ、これやばい。どっかの誰かに見られちゃてんじゃないか?

 この時になってトオジは自身の考えが楽天的過ぎるじゃないかと正しく理解し始めたようたようである。

 この後、二人に光った前後の光景で覚えていること何か変なのことでも見なかったかなど聞くが二人には鮮烈な光と朧げながら光のようなものがあったかも以上に情報は出てこないことで詮索するのを諦める。


 事情を知っている者からしたら今のトオジは、乗るときに見られてるかもなんて考え全くなかったような意表を突かれた顔しているところから、今更になって調書のとき嘘言ったの不味かったかなどと思っていそうなことがありありと浮かんでいると指摘していたことであろう。

 トオジは少しして我に返ったかのごとく、考える仕草から一人頷きをしてスクリーン越しの二人との会話や通常の業務へと再び取り掛かる。




 ある程度、業務を行った集中力の切れ目に通話越しのスピーカーから報道アナウンサーの声が聞こえてくることに気づく。

 「今、そっちで流している報道って麦国襲撃事件の被害についてだよね?」

 今日何度目かのモニター越し通話を同僚、後輩と行っていたトオジはスピーカー越しから聞こえてくる麦国での襲撃被害についての話題だったことに触れて世間話を始める。


 『あっちは救世主的なのは出てこなかったからだいぶ被害多かった見たいだな』

 『建造物もそうですが、死者重傷者も結構出てたみたいですよね』

 『実際、俺達もあれが乱入してくれなかったら今こうして仕事できてたかもわからんもんな』

 同僚、後輩が麦国被害についての報道を整理して話してくれると、東京襲撃と同じように未確認体そのものは人に直接向かってくるよりは建造物に直接被害が出ていたが非難の際に巻き込まれが多かったようである。

 今回の東京襲撃事件では未確認体とアストラオーとの交戦のタイミングが人的被害拡大前であったことが幸いしており、建造物被害に比べて死者重傷者の数は少なかった。

 少なかったとはいえ、トオジが悪いわけではないものの被害が及んだ事実を突きつけらているのは間違いないことに改めてトオジは無言になる。


 トオジ自身、誰かから直接讃えられるわけでも非難されたわけではないがここ数日は何を好き勝手言われているか不安もあるだろうからか、TVやラジオなど電波で気ままに流されるものはなるべく見たり聞いたりしないようにしていた。怖かった為か興味がなかったか本人のみぞ知るところであろう。

 元々、所有者不明であるものに乗って戦った存在にたらればの話を持ち出したところで、結果をより良くできたかなど阿呆な議論なぞ誰がしても現実的な話なぞできないであろうが、人それぞれに当事者としてでなくとも思うこと考えることが出てくるのも仕方のないことではある。


 『それにしても、事件の割になんか無責任というか他人事みたいな番組多くないでしょうか』

 『あれっきり音沙汰がないから被害にあってないやつらにとっては格好のネタだろうしなぁ』

 『それにしたって僕たちみたいにいつ誰が被害に遭ってもおかしくないのに』

 トオジと違い、事件後から放送されるものや配信されるものを目に付くものは追いかけていた同僚と後輩はさも世論としているかのように見せ付ける番組に苦言を呈したくなっているようである。

 後輩の危惧はもっともで、なまじ被害が抑え込まれたこともあり、日本人全員が全員ではないものの人は見たいものを見、そうであってほしいと願ったことが起きていると思い込む実に都合のいい生き物でもある。

 今のところは世の9割が被害にあっていないため、今一番取らねばならない選択肢は置いておかれて大衆からの意識を向けさせる議論に終始する衆愚番組も人気になる姿は時代変わらずなのである。


 「他のやつらが何を言おうと、あの時の熱さ痛さ恐怖や安堵感はしばらく忘れたくても忘れることはないのは確かだろうな」

 『そうですね』

 トオジは後輩の憤る話しぶりから思ったことを話しつつ己の手を見る。通話越しに返答した後輩も同じように己の手を見つめて無事に生還したことへの感慨に耽っていることであろう。

 同僚も後輩も職場の人たちも無事に危険地帯からの生還を果たしたのは間違いない。それはトオジが乗ったアストラオーによって齎されたことではあるものの、望まぬ命の危険から救い出してくれる存在に感謝しない者はいない。

 それは搭乗した本人であるトオジにとっても救い主になってくれたアストラオーへの感謝はあるであろう。




 「そういえば、二人は職場にはもう行った?」

 『いや? 行ってないが』

 『僕もですね』

 今日の業務も終わるかくらいにトオジは事件後に職場へ近づいたかどうかを質問するも二人からは否の回答が返ってくる。襲撃日の朝の世間話でもそうであるし、通話でいきなりの世間話にも応じるくらいの気安さから3人は職場においても更に親しいことが伺える。


 「じゃあ、明後日明々後日くらいの解除待つしかないのか」

 『あー、お前のMoStは職場だったっけ?』

 「そうなんだよ、行ける時に行くしかないか」

 『なら現場レポよろしく』

 前回、アストラオーに搭乗した日に襲撃を受けたことで急ぎ避難をした際に汎用小型移動用個人端末(MoSt)を会社に置いてきている為、トオジは取りに行く用事が発生することも仕方なしとして同僚へ軽い返事をしつつ通話を切る。


 在宅での仕事を終え、一人自宅にて事件のときとそれにまつわる存在たちへの討論をしている番組を無言のまま眺めるトオジ。

 番組の中では司会、学者にコメンテーターから果ては芸人からタレントに移行したような存在までもが、未確認体やアストラオー、その時の被害についてまでに及ぶ討論がなされている。疑問から端を発した話題もあの時ああなっていればなどの夢物語に至るまでの好き勝手な構成の元、進められていく内容を放送している。


 同僚や後輩らと話していて気持ちが落ち着いたかある程度の整理ができた故であろうか、事件後に報道以外の番組を見るのはトオジにとって初めてであろう。今、その胸に抱く思いはいかなるものか。抱いた思いを誰かに吐き出すときは来るのであろうか。