-- vis novus --
アストラオーが都県境で発見されてから更に二日後。
ゼンが執務する部屋のいつもと変わらない重厚な扉が軽くノックされる。
「失礼します、総理」
「失礼します」
以前から東京襲撃事件のことでゼンから特別な依頼を受けていた藍が一人の男性を引き連れて入室してくる。
「こちらが、現場の技術班リーダーの伎樹津士也(ぎじゅ つしや)さんです」
「よく来てくれた」
藍(あい)が連れてきた男性を紹介すると、元々連絡を受けていただろうゼンは予定通りの人物がいることに喜ぶように目を細めつつにこやかになる。この伎樹津士也はアストラオー発見の後に調査現場で技術集団を取りまとめていたその人である。
「こちらは、私こと倭座(わざ)と副総理の倭奥(わおう)さんです」
伎樹は恐縮したように身を縮こませて頭を下げる。対面相手が対面相手だからか、いつものリーダー然としていて胸を張っていた伎樹の姿はなく、その身は猫背にでもなったかのように縮こまっている。
「さあ、しっかりと話を聞かせてもらいたいからソファに腰掛けてリラックスしながら話してほしい」
「これは公式な場でもないので、後ほど君の君たちの忌憚ない意見なども聞かせてもらうつもりでいますので」
ゼンは再度、にっこりと笑顔を伎樹に向けながら着席を促す。総理、副総理、藍に伎樹と四人で話し込むにしても伎樹にとっては総理、副総理などと席を同じうするなど生涯通じてもないものだっただろうからか、入室してから余計な口数をなくそうとした結果、返事すら出ていないことに気づいていない。
「さて、発見した第二所属不明未確認体についてぜひ聞かせてくれ」
「はあ」
伎樹からやっと返答となる言葉が出る。本人としては困惑を隠しているつもりであったろうが、なぜこの場にいて総理、副総理直々に問いただされるのか甚だ疑問である雰囲気はふとしたタイミングの返事でもありありと表に出てしまう。流石に責任者といっても本来の管理職的な責任者ではなく、現場レベルの責任者としては当然の疑問であろう。
技術責任者としても必要な報告は時間のない中でも、報告書ベースでまとめて提出していた。それにも関わらず、今回このように国政トップに非公式で引っ張り出されている以上、何を話すべきか決まっていなかったのであろう。それか呼び出した藍からもこの場への細かい注文が前もって伝えられていなかったかのいずれかであろう。
「総理、時間もなかったので詳細な質問が出た際の助言役として呼んでくれという意味ではなかったのですか?」
「ああ、藍君が多めに気を回して現場作業での支障をきたすのはよろしくないかと思って、依頼時はざっくりとお願いしました」
どうやら、後者だったようでゼンから藍に要望が出されていた時点ですでに端折られていたようでは、伎樹にもどうすることもしようがない。
伎樹が総理からお願いされたのは、自身で作成した報告書での詳細報告とそこへ総理らからの質問に答える質疑応対依頼であった。如何せん、伎樹としても実務に携わってある程度の歴があるので、報告書でもそこまで落ち度なく作成しているだろうが、時間のないなか上まで上げるのでは粗も抜けも潰しきれていないであろうことは承知してもらえていたので素直に引き受けて説明を始める。
伎樹が報告書としてまとめていたと言っても報告書なので5W1Hも簡潔に書いているくらいであり、どちらかと言えば今回は物が物なので不明体そのものへの現時点までの詳細な検分資料に注目が集まっているようであった。
「伎樹君、君は不明体の騒動時の映像は見ているかな?」
「はい、見ております」
「ふむ、君としてはどのような感想を抱いたかね?」
不明体の全長、おおよその重量、姿形から始まって分かる範囲での検査結果の資料一辺倒の報告が終るやいなや、漠然とした質問がゼンから伎樹へと投げかけられる。
「……」
「なに、緊張することもなく君の思うことを述べてくれれば構いませんよ」
技術者としてなんの裏付けもしていないことを憶測ベースになってしまうかもしれない状況で答えていいものかと技術者特有の職業病が出ていたところ、ゼンからしたら全く検討違いの思いから答えを促す一言が続けられる。
「えーとですね、映像を見たことと出ている情報をまとめると言えるのはあり得ないこと、ですね」
自信がないからか歯切れ悪くも求められた個人としての感想を伝える。
「ほう? あり得ないことというのは?」
「はい、映像で見た不明体の挙動と事件が起きた現場から次に目撃された現場への時間差から算出されるおおよその移動距離とそれにかかったろうと思われる最低限時間。それらはもし操縦するタイプのもので中に人及びそれに類する存在が乗っていたら今回のでだめになっていないとおかしいんです」
伎樹は率直な意見を伝える。
「だめに? それは操縦者なるものがいるのは限りなく低いことだと」
「はい、人が耐えられる域を逸脱している動きをしています。現に現場で撮られた筈の映像では不明体の挙動を追えていませんし、何より現場から飛び立って次に目撃されたところまでゆうに百Kmはありました。証言の整合性を考慮しますと、移動にものの十分も掛かっていないことになります」
伎樹の推測は集めらた事実から述べていることを伝える。
「それは伎樹君だけでなく、現場で調査を行っているメンバーも含めてかな?」
「はい、それに関しては報告書に書けませんでしたが内々でも共通の認識です」
ゼンからの質疑応答の意図は、現場にての調査云々よりも一技術者側面からの視点でのやり取りが望みだったようで調査資料で数字になっているものはあまり触れらることもなく、どういったものであるかに終始する会話が続く。
伎樹の口から出てくる内容としては、この世の物ものとは思えない存在であることを強調するような結論を伝えたい気持ちが全面に出る勢いで話をする。それでもゼンとデンそれに藍にはどこまで理解されるだろうかと不安になりながらも求められたであろう伎樹の思うことを回答として伝える。
伎樹にとってはそれだけのスペックで人を乗せて活動できるなら、今の世に出回っている技術が馬鹿らしく思えるほどに進歩していくのは間違いないと確信できるほどの代物であることで人の搭乗はありえないと言い切りたいほどであった。
「伎樹君、今日は色々と話が聞けて助かったよ。 ありがとう」
「いえ、自分の拙い話で補完させてもらって恐縮です」
改めて、ゼンはお礼を言いそのまま立ち上がると伎樹と握手を交わし、伎樹が執務室から出ていくのを見送る。
「ふぅ・・・」
伎樹を見送った後に暫し沈黙が訪れるも誰とはなしに三人が三人共にソファーに深く腰掛けつつ、誰かが深い深い溜め息を吐く声が室内に満たされる。
「彼の話通りであるなら、まず間違いなくどこの国のものでもなさそうですね」
「ええ、ですが、彼の仰る通りでしたらどこの国も我先にと群がってくる事態は避けられませんね」
ゼンは改めて検分資料に目を通しつつ話しかける。藍はソファーに預けていた背中を起こして眉間に一筋のシワを作りながら頭の痛いことになりそうだと予見して感想を述べる。
伎樹からの質疑応答ではどう考えても現代人の手に負える代物ではなさそうとなるのが共通認識であり、そうするとどこから出てきたか分からない所有者不明の危険物が国に入ったも同然である。
「しかし、アストラオーだったか? ありゃあかたっ苦しくなくていいな」
「副総理……」
「わーってるよ、ちょっと空気の入れ替えをしたまでだ」
デンは頭の痛い問題である予見を藍が口にしてくれたからだろうか、飄々としたように場を和らげる目的で発言をして、藍に沈黙でもって咎められるも肩を竦めて柳に風の如く受け流す。
「どうやら、襲撃調書作成の過程で不明体をそう名付ける方がいて、その人曰くそのような文字列っぽいものが見えた気がしたとのことでしたが、状況が状況なのでヒーローのような名前でつけてましたとのことですよ」
「いいんじゃねえの? おいらは嫌いじゃないぜ」
「そうですね、敵じゃない希望と親しみを込めてそう呼びますか」
デンの気楽な言葉に賛同するようにゼンはすんなりと頷く。こうして、トオジも知らぬ間に国のトップでまでも第二所属不明体の名称をそのまま用いることが決まった瞬間であった。
この間、一週間あまり。
腰の重い国政トップとは思えぬほどの異例の速さによる対応の目白押しであった。もちろんのことながら、今も続くS区の復旧や重軽傷含めた治療の対応などにより表で賑わっている部分の話は今も随時対応真っ只中ではある。流石に人も街も傷つきはしたが一週間で元通りなどとはいかない。
三人は話していくうちに、アストラオー確保の露見が各国政府首脳に渡った瞬間からの所有権の主張攻勢が激しくなることへの対処について、今後の指針の根本について認識を合わせる。
単に上辺だけの認識をし合っていると、意図しない質問をされた際などに、その場の恣意的な解釈次第でくるくると発言を変えていたなど揶揄される元になりえるため、目的をどこに置くかを明確にした認識合わせする重要性から行っているのであろう。無常かな、いつの世も人の揚げ足は取られるものである。
そんな中、不意に副総理のデンが発言をする。
「そういやあ、二足歩行機人といえばなんかの計画でそんな話が立ち上がってなかったか?」
「部下の一人が問い合わせしているはずです」
「二足歩行ロボットなんざあ、珍しい話だからなあ。話できるやついるなら早めに引っ張ってこねえと後々煩くなりそうだ」
デンは以前に人型機体を開発計画していたところがあると思い出したようで藍に尋ねる。多脚型や駆動型機体の開発路線ばかりが走っていた中ではとても珍しいものだったからか藍は既にその計画についても調査中である返答をする。
「しかし、人は乗れない、かぁ」
伎樹が個人的に結論つけたことへ誰に言うでもなくデンは一人呟く。
「藍君、現場付近で確保したカメラ映像での解析は終わったかね?」
デンの独り言を見ていたゼンは気づいたとばかりに藍に質問を投げる。
「はい、極秘裏に回収した解析の結果がこちらですが結論から申し上げますと人らしき影が未確認体へあたかも引き寄せられているように見えなくもない映像がありました」
「見えなくもないのは確定しきれないのかい?」
「残念ながら未確認体登場時付近の防犯カメラの類は焼け落ちていたり破壊されており、一番近いと思われる映像を極限拡大しての結果です」
「ということは、人ないしはそれに近しいことで乗った或いは接収のようことが起きたことがありえるわけだね」
「恐らくですが、映像解析の結果では非常に可能性が高いと思われます。」
幸か不幸かトオジがアストラオー搭乗時の付近にあったカメラは軒並み駄目になっていたことにより、トオジ本人と特定される映像は撮られていなかった。それであってもトオジが搭乗するシーンの一部は映像として残っていたようである。
「パイロットがいるのかどうか、いるなら何者なのか、まだまだ探らねばならないところがありますね」
「こりゃあ、取り合い間違いなさそうだけど見つかるまではこともなくいたいもんだねぇ」
人がアストラオーの中にいるあるいはいたという事実が、3人にとってどう転ぶことになるのかどう話を進めるのかとしてこれから頭を悩ます課題になる。
自国内において更に自国籍の人間が乗っていたとなれば、国として一時預かりとして話も存在も扱うことがしやすくなるであろう。しかし、今は多国籍の民間人も含めて入り乱れているのが現状である為、それらしい映像でもって自国籍と言い切っていいのかが不明なのところも結論を出しにくくしており3人の頭を悩ませるのであろう。
三者三様にこれからのことで頭を悩ませいると廊下から誰かが人目も憚らぬ様な大きな音を立てて走ってくる音がしたかと思うと重厚な扉に激しくノックする音が室内に響き渡る。
「伎樹です! 長官、まだいらっしゃいますか? 至急お伝えしたいことが」
少々行儀の悪い行動を取った者の正体は先程招いた伎樹であることが判明したが、走ってきたからだろうか所々息切れしつつ発された声には焦りがありありと読み取れた三人は顔を見合わせると入室を促す。
「伎樹君、さっきの今でそんなに慌ててどうしたのかね」
総理であるゼンは伎樹の息を整えるのも待たずに質問の言葉を投げかける。
「そ、それがですね、アストラオー・・・いえ、第二所属不明体が発見現場より今さっき飛び立ったとの知らせが入りました」
まだ息が整っていないところをみると結構な距離を走って戻ってきたのかもしれない伎樹からの報告は、第二所属不明体ことアストラオーを調査していた現場班からの緊急連絡があったことを三人に伝える為、大急ぎで踵を返してきたことが理由であった。
三人は伎樹からの報告を頭で理解して急ぎ状況の確認を行おうとして一瞬空白の時間が生まれたが、その間を見計らったかのように更に扉のドアがノックされると同時に新たな報告が間髪入れずに飛び込んでくる。
新たな報告とは、所属不明未確認体が再度東京に姿を現したことであった。
一時の平穏を願った国の重鎮の思惑をよそに、未確認体による事態は重なっていく。