星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第九話 再襲撃


 東京襲撃事件の発生から6日後、東京S区のとある道路。


 前日まで黄色地に黒い文字でKeepOutと書かれていたテープが貼られて進入禁止となっていたところは、綺麗に剥がされて誰でも通行可能になっている。

 その場所にトオジは来ていた。

 元々は再開発を終えたビルや昔ながらの築年数を醸し出していたビルと新旧合わさって様々なデザインの建物が立ち並んでいたものの、先の襲撃事件によりところどころのビルは見る影もなく申し訳程度に瓦礫を一つ箇所に集められて避けられているような状態もある。

 もちろん、襲撃集団の戦力を鑑みてもアストラオーの登場があったればこそ、周りの被害もだいぶ少なく済んではいるのだが、ほぼ被害のないビルと並ぶように立っていることにより悲惨さが浮き彫りになるものである。

 周りを見れば取材に訪れたマスコミメディアやプライベートチャンネルの撮影班と思しき存在や立入禁止が解かれた状況を野次馬しにきた人影もあちらこちらに見える。

 この場に来ていたトオジは野次馬しに来たわけではなく、同僚などと話していたときに持ち運び用個人端末MoStを職場に置き忘れていた話をしていた通りに、襲撃事件のあった場所にある職場へと取りに来ていたのであった。

 抉れた地面や崩れた建物がちらほらあるものの、地形がまったく変わったわけでもない慣れ親しんだ職場ビル近くの街並みは、目的のビルまでトオジが歩を進めるのに迷うことも障害になることもなかった。

 電力などのライフラインにも完全な影響は出ていないようであり、トオジが入ったビルのエレベータも屋内照明も一切の不備もなく、日中であっても室内を更に明るく照らし、エレベータは問題なく人を乗せて稼動していた。

 トオジは自席のある執務室フロアに着くと、他には目もくれずに一直線に自席へと向かい自身の目的であったMoStを見つけると、傷や不審な点がないかを手に持った端末を360度回して確認をする。

 特段の問題も見当たらなかったことで手に持っていたMoStを着ているスーツの胸ポケットにしまい、そこでやっと一息つくように辺りを見回し始める。

 執務室フロアには他にも職場に来ている人がいたようで幾人かの姿が視界に入るも、トオジ自身はフロア内に被害がないことを確認したら窓際へと寄り、改めて眼下に広がる街の被害の状況を目の当たりにする。

 アストラオーに搭乗していたときは視界に入っても周りの状況まで確認している余裕はなかったであろうし、その後の報道されていた状況は見ていたであろうが、実際に目の当たりにするのとではまた受ける印象や気持ちへの影響は変わってくるであろうそんな表情を浮かべている。

 一頻り外の景色を眺めながら気持ちの整理をし落ち着いたからか、トオジは自席に戻ると以前の襲撃事件以来、手をつけていなかったであろう広げたままの書類や私物などデスク周りの整頓をもくもくと行っていく。

 十数分ほどであろうか、整頓としてすることはなくなったようで、トオジは席を立ちフロアを後にしてエレベータで階下まで降りるとビルから出て行く。

 「あ、越後屋さんとこは無事だな。よかったわー、またここの和菓子買えそうだー」

 どうやらビルからは陰に隠れて見えなかった区域や気になったところを間近で見る目的だったようで、辺りの散策を始めるとよく立ち寄っていた店先や見慣れていた建物を確認しては独り言を呟いている。

 トオジが元いたビルからある程度離れたところまでくると、そこにはKeepOutの黄色地テープが貼られている。

 そう、前回の襲撃事件でトオジたちがいたビル周辺は未確認群たちからすると割かし、範囲の端の方であったようでトオジはより被害の大きかった方へと歩を進めてきていた。もちろん、今の場所に近づくほどに建物などの被害も大きくはなっている。目の前の立入禁止区域こそが未確認群の出現中心ポイントであり、アストラオーと未確認群との最激戦区でもあったことの証左であろう。

 「これだけの被害で重症者は出たけど死者は0。 かぁーーーっ! 改めて無事で良かったーーー」

 トオジは今もまだ事後処理の終わらぬ区域を見て、思っていたことを口走る。巻き込まれた人たちの無事か、己の無事か、はたまた両方か、ただただ安堵した思いが叫びにも似た声となって表れているようだ。

 異様な戦闘結果であるが、如何せん初めての経験であるトオジには何が異様で何が不思議かは思い至らない。






 幾ばくかの時間、トオジが被害の状況を見回ってぼーっと空を見上げていたところ、ふと視界の端に何かがいる気がしてそちらへ目線のみ動かす。

 動かした視線の先に入ってくるそれはトオジ含めて事件を知っている人々にとっては忘れるべくもない存在。そう、つい六日前にトオジがアストラオーに搭乗して相対した存在に似通った集団が続々と地上へと降下してくるのだった。

 トオジには降下してくる集団を数えている余裕もないであろうが、その数ざっと十六。数だけなら前回の倍の勢力が姿を現したのである。

 呆けていたのも束の間、少々離れたところで爆発音と振動を響かせる。爆発音に続くかのように今度は歴史の教材にあった音声付映像で流れてきたことでしか聞いたことのないサイレン音が辺りに響き始める。

 二度目の出現以降、世界のどこにも現れたと報道もなかったところに以前と同じ地へ押し寄せてくるなどまさか誰も思うことはなかったであろう。

 とそこで爆発音ともサイレン音とも違う音が微かに混じりだした矢先、その音は振動とともに激しさを増して近づいてくるのを感じた時には、混ざった音や振動もピタリと止み、代わりにトオジの視界から日の光を奪ったかのように辺りが薄暗くなる。

 トオジの視界から光を遮り目の前に現れたそれを、ただ正面だけで見据えるだけではその外観はおさまりきっておらず、一部をその視界におさめるのみである。

 「おいおいおいーーーーーーーーー?! まさかまさかまさかーーーーーーー!?」

 トオジは視界から光を遮った存在に向けて視界におさめるべく見上げていく。

 果たしてそこにいたのは、六日前にトオジが搭乗した機体アストラオーであった。

 今回は目をつぶっていたわけでもないはずであったが、アストラオーは前回と同じくに急に目の前に現れる。

 「そのまさかーーーーーーーーーーーー!!」

 予想通りであったことへの絶叫を響かせる。トオジの絶叫がスイッチかの如く、以前降りた時と同じくアストラオーは人のように膝部を折って屈むような行動を始めるともに右腕の手の平を上にした掬うような形のまま、トオジの目の前へと下ろすように差し出す。

 今いる道路から道一本向こうでは爆発音が響いてくるも、トオジにとっては時が止まったかのように何をするでもなく引き攣った表情のまま固まったようにその場で棒立ちになっている。

 幾度流れていると思われるサイレンが再び鳴ったところで、我に返ったトオジは手を差し出しているアストラオーの反対側へ勢い良く振り向くと方向などお構いなしに走り出す。

 アストラオーがその場から動いていないことを確かめる為に走りながら上半身のみ後ろへ捻って振り返るもそこには巨体の機影は存在しておらず、一瞬アストラオーからも前方からも視線を外してしまう。

 そのほんの僅かの間であったものの、トオジは進行方向にあったなにかとぶつかってしまう。仰け反るような形から打った側面を手で押さえつつ身体を正面に向き直すと、そこには先程と同じ格好をしたままの巨影が音もなく存在していた。

 なればと、踵を返すように勢い良く反転するも今度は走り出す間も与えずに目の前に移っている姿を見てしまう。

 このときのアストラオーはここへ姿を現したときと違い、音どころか移動した際の風圧すら起こしていないことにトオジは全く疑問にすら思わないどころか気づいてもいない。この機体の異常さの片鱗すら見えてはいないのである。

 ── もうこれは乗れってこと意外ありえないよなあ。

 観念したかのように誰に言われるでもなく差し出されたアストラオーの右手の平に乗りかかる。

 トオジが右手の平に乗ったのを理解したかのように、アストラオーの右手は胸部やや向って左の前へ持っていくと、頑丈そうな外装の一部が開いたと思うと幾重もの層が奥に向うように順々に開いていき、トオジを内部へ受け入れる形へと変わる。幾層もの外壁が開いたのを見届けたトオジは、出入り口の形になったところからアストラオー内部へと足を踏み入れる。

 遭遇は二回目であるも、自ら足を踏み出して乗り込むのはこれが初めてであることにトオジ自身気づいていないであろう。

 トオジが踏み入れたところは、まさに前回見た光景そのものであるアストラオーのコックピットであった。中ほど近くまで進んだところで、コックピットのハッチ部だったところが勢いよく何層もの装甲を閉じていく。

 コックピット内は以前の流れで搭乗したときとなんら変わることなく存在している。

 そう、コックピット内はトオジ以外に誰一人として人の気配も感じさせなければ、自動操縦するような装置らしきものも見当たることはない。以前見たように全天スクリーンになるであろう壁面や天井に床面、それとパイロットが腰掛けるべきシートが淡く発光しているのみであった。

 ── これもうなんかの意思をもって俺のこと狙ってきてるだろ。

 他の誰が見てもトオジが思い至る結論を出すのは当然の帰結であったであろうほどに、なんでなのか意味がわからないような思いを持ちつつも、荒唐無稽とも取れる一つの可能性の存在もトオジの脳裏を過ぎる。

 意思を持ったロボット。

 それは遥か昔に日本発祥のサブカルチャーであるマンガやアニメでは当たり前のように存在していたりするが、こと現実では一笑にふされるほどにあり得ない存在。まさに夢幻のような話である。

 前世紀には人と対話する機能やそこから発展してきたサポートを目的とするAIは存在する。

 ではなぜ荒唐無稽なほどかというと、ここ数十年も経たずでやっと大型重建機から多脚型や履帯特殊型を用いた宙開発が盛んになり出した中で完成させてきた機体にも大なり小なりサポート目的のAIないしは補助要素はあるにはあるが、自ら動き出す機能など誰も埋め込むものはいないのである。

 複数の機体が同時に活動しあう中では全体で操作、稼動するならともかく、個体のみが周りに関係なく動き出すなど事故を起こしてくださいと言っているようなものであり、環境開発目的の機体であれば、当然ながら設計時点で複数体同時作業をも前提に見据えられていない方がおかしいものである。

 あくまで一つの可能性として過ぎったためか、トオジとしてはこの機体が自立稼動の意思を持っているのではなく、遠隔から誰かがその意思を持ってこの機体をトオジの元へ送るように操作しつつ、且つ嫌がらせなのかもわからないもののトオジを乗せて状況を動かさせようとしているとしか思えないとの結論へと至る。

 そんな答えを持ってしまったからだろうか、半ば強制に近い形で乗り込んだ様で乗り込まされて前回も座ったコックピットに腰を落ち着かせたところで、トオジは動きを止める。

 動いたかと思ったら、今度はシートの肘掛に両の手をそれぞれ置いたまま頭を垂れるように下に向けたまま動かなくなる。

 「なんだよなんなんだよ、これ。 前回は分けわかんなくてもノリと勢いでやったさ、けど改めてと思うと俺にどうしろってんだよ」

 望むにしろ望まざるにしろ、トオジ本人以外の意思で作らされた状況に対しての率直な思いを吐露する。

 しかしそれでも幸か不幸か、ある程度開放したとはいえ元々襲撃のあった場所の人は少ないことはあるものの、疎らとはいえ人がいる場であるのも事実。このままでは人的物的被害が拡大するのは免れない状況は今目の前にある。

 危害を加える存在に対抗できる手段を持った力をその身に纏い。トオジにはできる。いや、トオジにしかできないことを突きつけられているのである。ただし、力を持つ存在はその身を委ね結果を出させる相手としてトオジに狙いを絞っているが。

 アストラオーの閉じきっているコックピットには届いていないが、外ではいくつかのビルが崩壊する音を響かせている。

 それだけでなく、所属不明群はそれぞれの降下場所からトオジの乗るアストラオーが存在する場所へ向って動き出している。アストラオーそのものは屈んだところで既に姿を現していたので目立っている。とっくに補足されていたようである。

 トオジは悩んでいるが時間はそれを許してくれているわけではない。コックピット内はまだ暗転に近いままなので外の状況全てまでは窺い知れない上に、肝心要のアストラオーは今だ屈んだ体勢のままである。

 トオジのいる道路の先にいよいよ所属不明体の一体が姿を現す。思い悩む間にも刻々と状況は進んでいく。




 トオジは肘掛に置いていた両の手を力強く握り締める。


 ── 俺に何を望んでるのか知らないがやってやる、やってやるよ!