星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第十話 契機


 ── 俺に何を望んでるのか知らないがやってやる、やってやるよ!


 幾ばくか自身の内で考え込んでいたのか、状況を整理してどうにか自身を納得させたかのような顔つきをさせてトオジは顔を上げる。

 もう既に自ら乗り込んでしまったところで今更思い悩むことは無駄であると思ったのであろうか、最後の足掻きとでも取れるような悩みも今はどこかへと追いやり、前へと向くトオジ。

 今のトオジの表情からは逡巡や憤りなどは見て取れないものの、弱音や愚痴吐き捨てる素振りもなく無言のまま前を見据えるその心の奥からも迷いを捨てられたかは推し量れない。

 トオジの意思と同調するかのようなタイミングで全天スクリーンは外部景色を映し出し、アストラオーは屈んだ体勢から立ち上がるように姿勢を整えだすと最も近くにいた所属不明体の元へとスラスターを噴かせながら軽快に駆け出す。

 「お前らもお前らだよ、こんなのと戦うことになってるのに止まりもせずにさぁ!」

 まるで対戦ゲームやFPSのような一人で優劣を競うゲームにおいて画面越しに独り言を叫ぶが如く、相手に言いたいだが届くわけはないので誰に言うでもないようなそんな言葉とともに所属不明集団へと意識を向けていく。

 「こんなのとは甚だ心外ですね」

 トオジの半ばやけくその様な心情の吐露はコックピットにあるスクリーン越しの誰にも何一つ届いていないであろうと思われた。だが、誰にも届いていないであろうと思われた言葉に返す声がトオジの耳に届く。

 「!?」

 直近の所属不明体に向っていたところ、出端を挫かれたかのようにその動きを止める。誰かいるのかとコックピット内を見渡すもコックピット内にトオジ自身以外おらず、どんなに周りを見返してみるも360度見渡せるスクリーン向こうの景色しかその目には入らない。

 トオジはまさか相対する存在からの反撃されるでもなく思ってもいなかった方向からのことで出端を挫かれる。トオジ本人としても破れかぶれに近い形のように意気込んだであろうもアストラオーは急な姿勢停止を取り、飛び出した勢いが止まる。

 トオジが驚いて周りを確認してもどこにも話しかけてくる存在は見当たらない。それどころか、当初の目的だったはずの存在を視界の中心から逸らしていたことにも気づかない。

 周りで見ている人がいれば、アストラオーが所属不明体に向ったと思った矢先、急停止したと思ったら何するでもなく棒立ちになっており、見ている人間が首を捻りたくなるくらい不可思議に思うような状況が出来上がっているのである。

 「うおっ?!」

 驚きとともにトオジが自身の視界において動く存在を不意に再認識するはめになる。

 先程、トオジが決意とともに立ち向かう為に向うはずだった先にいるべき存在。意図しかなったとはいえ、相対する存在でない不意のことに意識をとらわれて、元々相対する存在から視線を、意識を一瞬ではあるものの切ってしまっていた。

 日常生活での一瞬であるなら、然したる問題など欠片になるかならないかほどの瑣末な話も今は非日常の空間である。車や二輪車を運転中の周りにおける急な問題発生時のそれと同じくらいに一秒を下回る時間ですら惜しまなくてはならない状況では致命的な一瞬である。

 トオジが驚きの声をあげられたのはトオジが気づき直せたという証拠でもある。

 しかしながら気づいたところで時は既に遅く、所属不明体とアストラオーは目と鼻の先の距離。どちらであってもとうに射程圏内である。

 所属不明体がアストラオーの初動に反応できていなかったとはいえ、アストラオーが隙だらけになった後に反応したとしてもその距離で行動しないわけもなく、所属不明体は左肩部を突き出す形で突進の構えを取る。

 所属不明体は足場としているアスファルトの一面を一歩二歩と歩みの度に踏み砕きつつ、踏み砕いた周辺まで罅入れるほどの強烈な踏み込みをしながらアストラオーへと向って左肩から突っ込む体当たりを行う。

 「!? うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぅ!!」

 不意になったトオジには躱す術もなくそのまま受けることを把握したからか、コックピット内で大いに叫ぶ。

 しかし、所属不明体からのショルダータックルはアストラオーへと迫り、いざ当たると思われた刹那に、アストラオーの右腕で受け払われることでアストラオーの右へと流されるように所属不明体は瓦礫の山へ飛び込む。所属不明体にとっても当たったと思われておかしくない攻撃とタイミングであったもののアストラオーは見事に捌いてみせたのである。

 そこは元々ビルが建ってい束所であるも先の襲撃で見るも無惨な瓦礫の山の一時集積場と化していた。

 その瓦礫の山へ所属不明体が突っ込んだことにより、退避してあった瓦礫との衝突で辺りには大量の粉塵が舞い視界が悪くなる。

 所属不明体は左肩部から瓦礫の山へ突っ込んだことで発生した粉塵により、視界が悪くなったにも拘らず、左肩部から飛び込んでいることで射角が開いている右腕部の砲口を粉塵の先へ向けてるように翳したと同時に砲撃を放つ。

 所属不明体は視界不良の中でも周囲を感知するセンサーか、はたまた感知感覚機能でもあるのか、粉塵の先にターゲットがいると言わんばかりに態勢の良さよりも砲撃選択が勝る行動を取った。

 所属不明体が放った砲撃による爆発が起こり粉塵を周囲へと吹き飛ばす代わりに、今度は爆風とともに噴煙が巻き起こり視界の悪さは変わらずのままである。

 巻き起こる噴煙の傍で態勢を立て直した所属不明体は、今もまだ噴煙の向こうにいるであろうアストラオーに向き合ったのか徐ろに小口径が填められている左腕を噴煙へ向けて突き出す。

 所属不明体はのんびり行動していたわけではないが、所属不明体が左腕を突き出した行動に合わせたかの如く、所属不明体の左腕の前まで迫っていた噴煙の向こう側から、突如として腕のみが姿を現す。

 現れたのは何あろうアストラオーの右腕である。

 トオジは粉塵の向こう側で所属不明体の左腕部を掴んだことを把握すると、アストラオーの左脚を一歩前へ踏み込むと同時に、掴んでいた腕を中心に所属不明体を右に大きく弧を描かせるように回転投げを行うことにより、所属不明体を強引に宙に浮かせる。

 所属不明体がまさに空中で逆さまの形へと至るところで、掴んでいた右腕で引き入れながら空いている左腕を所属不明体の機関部と思わしき胴体へ向けて振りぬく。

 今の一戦を終わってみれば、所属不明体からの不意打ちになる攻撃を捌き、アストラオーは損傷という損傷一つ負うことなく見事に切り抜けてみせた。


 「ふーーーーーーーーーぅ」

 トオジは長い息を吐くのに合わせてその身を虚脱させシートに身を預けるように凭れ掛かる。相対した不明体が沈黙したことを確認したかは不明なれど行動停止させた後に深い深い一息を入れる。

 これはトオジ自身が出端を挫かれて、相対する存在を見失うこと更には見失った相手からの攻撃を受ける二重の事故が重なる混乱により精神的負担が大きかったためであろう。

 ただでさえ、特殊な訓練や普段から格闘技や喧嘩に明け暮れているわけでもないであろうトオジや一般の人にとっては当たり前と言えば当たり前の行動になるのでなんらおかしい振る舞いではない。

 「戦闘行動区域での戦闘行動中としては些かに無防備が過ぎるきらいがあるかと思われます」

 再度、トオジの耳に言葉が入る今度はもう空耳などとは言えない。虚脱したところから飛び上がるように上体をおこしたトオジは今度こそ正体を見つけてやるとばかりに身を乗り出さんばかりに正面左右を念入りに確認する。

 「マスター、どちらを見てらっしゃいます? ここです。手元です」

 見当たらないので二度目の正面確認をしようとしたトオジの耳に声の主から探している場所へ誘導する。そこは身を乗り出す際に置き去りにしていたシートに備わる操縦桿のようなものに置いておいた手元への視線誘導の声であった。

 前のめりにしていた状態を下げるように顔と視線を手元へと動かす。果たしてそこには高さ30cmを超えるくらいの大きさで立体表示されているのがトオジの目に入る。

 「……」

 トオジは何を喋るでもなく、その存在を見てまた固まっていた。

 「固まるのも結構ですが、今は戦闘行動遂行中でしょうから隙を作るだけなのでお勧めしません」

 状況を鑑みれば、当然と言えば当然と言える助言とも苦言とも取れる一言がトオジの一声よりも先に聞こえてくる。

 「あ、あぁ、ありがとう、俺は凱 十字路(カチド トオジロウ)だ」

 状況が今ひとつ分かっていないであろうトオジは、返事とお礼と名乗りの三点セットを披露する。これは混乱しているからなのか、これはこれで中々取れる反応でもない。第三者が見ていたら軽くツッコんでいるところであろう。

 「存じております、流石はマスターですね。私はアルマ。当機体のメインAIを務めているものです」

 「これはご丁寧にどうも」

 アルマと名乗る存在は自身が何者かを丁寧なお辞儀のモーションつきで名乗ると、それに対して営業モードとでも言わんばかりに生真面目に無難な返事をするトオジ。先程からの流れを踏まえたら戦闘行動中に取るべき対応でないと言えるほどにのほほんとした空間となっている。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ、色々とツッコミどころも聞きたいこともありすぎる。」

 多少なり混乱から復帰したであろうトオジからアルマに対して、具体的な質問ではなく対話を求める形で話を進めようとする言葉を伝える。

 「マスターの疑問ももっともでしょう、ですが、今は周りが待ってくれません。」

 アルマが発言したと同時に全天スクリーンのいくつかの箇所が所属不明体のみをフォーカスさせた映像をピックアップ表示させてトオジへ存在を促すように見せ付ける。アルマが言うとおりに今までのやり取りでトオジが足も手も止めている間に所属不明体はもう目と鼻の先まで迫っている。実際にアストラオーに危害と呼べる危害を加えられるほどの相手かはともかくゆっくりしていい状況でもないのは確かなのである。

 「話の続きは敵残存体をすべて行動不能にした後にしましょう」

 アルマは会話を望まないわけでも拒否するわけでもないようで、今何を優先するかを提案する形でトオジの意識を一旦外させようとする。

 「なら後で時間もらう」

 トオジは起きている状況から一旦横へ置いておくことと意識をとどめているべきことを仕訳するまで落ち着けたのか、改めて元々戦う決意をしていた目の前で迫ってきた所属不明体群へと意識を向け直す。

 このとき顔を上げたトオジには、アルマがスラックススタイルであってもしっかりとしたカーテシーを披露していることまでは見えていなかった。

 「仰せのままに」

 顔を上げ全天スクリーンに向き直すトオジの顔見上げながら返事をするアルマ。このとき顔を上げたトオジにはアルマが返した言葉は耳に届いているだろうも、スラックススタイルであってもしっかりとしたカーテシーを披露していることまでは見えていなかった。


 トオジはアルマに向けていた意識を当初の対象である所属不明体群へと向け直す。

 既にトオジがいる通りに顔を出している所属不明体が二体いることを把握すると二体に向けて急発進を行うようにスラスター噴射を開始した。

 今度は先程のような先手を取ったはずなのに不意打ちをさせるような状況を作らないとばかりに、所属不明体二体へと急速に迫る。二体とも接近するアストラオーから見て右側へと寄っていた状況に逆らわず、より手前にいる一体へはすれ違いざまに突き出した右腕手刀を外へ払う形で水平に薙ぎ払いつつ、所属不明体の胴部を抉りきる。

 アストラオーは更に勢いを緩めず、右腕手刀を外へ払った手で沈黙した不明体を掴むとそのまま加速して、数m後ろにいたもう一体の不明体へと勢いのまま預けるように放り出す。不明体は射角からアストラオーが隠れてしまった為、砲撃は行えずに迫ってくる不明体を避けるように横へずれる。

 ずれた先には既にアストラオーが待っており、何もさせてもらえることもなくアストラオーの左腕で打ち抜かれる。


 やはり、前と同じようにアストラオー先手もある為、所属不明体二体相手といえども危なげもなく制圧していく。先程のがまさしくイレギュラーであったいい証左であろうも、所属不明体群は休みを与えてくれるほどに少なくはない。

 トオジ自体気づいているかわからないものの、今も全天スクリーンのいくつかで残り十三体の所在をしらせるピックアップ表示がサポートのように出てきたりしている。

 「マスター、左後方の角から更に二体ほど接近してまいります」

 アルマはずっと押し黙っているかと思っていたら、トオジへのサポートとなる情報を提供するように優先させる対象への助言を行う。

 対して、会話している余裕など持ち合わせていないのか、トオジはアルマを一瞥するだけで特に何か発言することもなくアストラオーをスラスターで垂直に跳ね上げつつ、左スラスターのみ切ることでそのまま左回転させて機体の向きを変える。

 返事をしないのは状況でいっぱいいっぱいにも見えなくもない為、アルマ自体は返答がないことへ特段の態度は見られない。トオジ自身は、持ってしまった疑問を口に出すと会話が止まらなくなりそうだから止めたように見えなくもない。




 ── なんでマスターなのか、俺で合ってるのか聞きたい……












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 これぞスーパーロボット的な描写にするか迷ったのがこちら

 猛攻で噴煙巻き起こる中から、無傷であり且つ姿全体は気を揉ませるかの如く一度に現さずの反撃も痺れる。




 「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぅ!!」

 気づいたところで時は既に遅く、改めて所属不明体に気づいたと思ったと同時に不明体からとっくに向けれていた砲口から爆裂砲弾が唸りを上げ、砲口よりも小径の銃から雨霰の如く放たれる実弾を浴びせられていた。

 当然ながら相手は待っていてくれるはずもなく、トオジ自身はアストラオーに守られていて生身ではないとはいえ、戦場で間抜けともいえる隙を与えている以上、相手側も何一つ遠慮することなく敵対的攻撃行動を取ってくるのは当然の話である。

 コックピットの中では突然ではなかったはずの突然の攻撃を受けたことと、多数の被弾していることによる混乱も合わさり何一つ状況の改善を図れていないトオジがいる。

 コックピット内は多数被弾したことによる衝撃に晒されるも、その衝撃の度合いは振動とも言えるほどでおさまる程度である。

 ものの数秒ですら、何十発にもなる実弾や回転数が高くないが威力の高い爆裂砲浴びて動けていなかったが、この振動が返って冷静さへと導く形となったのか、トオジは微かに揺れるコックピット内で視界が粉塵で舞っているのを見て動き出す。

 しかし、トオジは気づいていない。数発もあれば最新の強度と技術で建てられていたビルですら跡形もなく消し飛ばしてた攻撃を受けていることに。そのうえ、着弾や爆発の直撃した外見からは傷らしい傷も見当たらなければ、着弾や爆発の衝撃でアストラオーが吹き飛ばされる素振りも起こしていないことに。

 所属不明体が左腕部に備えていた小径砲口は、リロードタイミングなのかはたまた弾切れなのか攻撃の手が止まる。

 その隙に合わせたかの如く、所属不明体の左腕部の前まで迫っていた噴煙から突如腕のみ姿を現す。そう、アストラオーの右腕部である。

 トオジの選択はじたばたするのではなく、所属不明体の攻撃の間でもって強引に前へ出る選択であった。この方法は無茶以外の何物でもなく、所属不明体の攻撃を耐え凌ぎ且つ稼動に支障をきたさない機体強度を持っていないと取れない戦法である。

 トオジは、粉塵の向こう側で掴んだ所属不明体の左腕部を掴んだことを把握すると、アストラオーの左脚を一歩前への踏み込みと同時に掴んでいた腕を中心に所属不明体を右に弧を描かせて片手で投げるように回転させ、所属不明体を強引に宙に浮かせる。

 所属不明体のがまさに空中で逆さまの形へと至る前に、掴んでいた右腕で引き入れながら空いている左腕を所属不明体の機関部と思わしき胴体へ向けて振りぬく。