星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第十一話 決着


 ── マスターってのがなんなのか、俺で合ってるのか聞きたい……

 「それぞれ五・四・四体ごとの編成で向かってきている模様ですね」

 「ああ、ありがとう」

 アルマに振り返ることなく返事をするトオジ。まるで平時に会話をしているかのかのような緊張感のなさを思わせるお互いの抑揚のない会話。アルマはともかくトオジの反応度合いは、先程のことから目標から意識が逸れることがどれほどに危ういことなのかを身をもって知ったことによる行動への表れなのかもしれない。

 今のところは相対したどの相手の兵装からも、アストラオーへひいてはトオジへと致命傷どころか掠り傷程度にも届いていないような結果となっているが、それで今までの事実であったからといって本当にそれ程度までの兵装のみしかないかどうかは完全にはわかっていない。

 どうやら不明体も彼我の戦力差を全く把握していないわけではなく、ここに来てどの不明体もアストラオーへ向きを合わせるものの単独で向かってくる様子はなかった。それでもアストラオーの機動力からしたら各不明体がアストラオーからどれほど離れていると言えど、数百km離れているわけでもないレベルでは然して目標を切り分ける必要もないであろう。

 そのことをトオジが理解しているかどうかは窺い知れないが、コックピット内のスクリーン情報から不明体の編隊後の動き出しに合わせてアストラオーも動き始める。

 アストラオーから最も近くにいた五体の不明体は付かず離れずの動きへとシフトする。最も近くと言えどもアストラオーからは通り一つとビル群の二つ向こうにいるレベルの距離でもあり、即時互いに手が届く距離でもない。

 五体とは別の各編隊は、アストラオーが不明体五体に対して向いている方向とは別の方向から迫る選択をしたことを示すように、それぞれ百八十度反対となるアストラオーの右方向左方向から不明体四体からなる二チームが迫ろうとしている。

 左右から挟み込もうとする動きであることはアストラオーコックピット内の全天スクリーンにも鮮明に映し出されており、トオジにとっては手に取るように分かるような状況であろう。

 端から見れば通り二つ先に建物を挟む形で対峙しているアストラオーと不明体五体。通り二つ先よりやや離れたところから挟撃の形を狙うように迫る別の不明体群がアストラオー向かって右から四体、左からも四体揃って一糸乱れぬ行動を取りながら進んで来る。

 アストラオーは背面スラスターを噴き上げる。ただ待っている選択は止めて、自ら動くことで場を制することを選んだようである。スラスターを噴き上げて突き進もうとするアストラオーが目前の建物まで三mを残すところから直上へ向けて飛び上がる。アストラオーは建物の被害を避けて且つ最短のルートを取る為に立体の機動を行うことで、左右からの不明体接触よりも通り二つ先の建物越しにいる不明体五体へと迫る。

 周りの被害を考慮しなければ、目前に存在するビルなどが連なっている建物群に飛び込んでいくことにより、視界不良を引き起こしたりと副次効果を得る方法もあったであろうが、流石にそのような手段を取ることはしない。

 左右から迫っていた不明体右四体と左四体はアストラオーを追うように通った道を戻りだす。

 アストラオーが通り一つと建物群を上空から置き去りにすると先程までいた街路よりも一回りは大きく、片道五車線分はあるような大通りの上空へと躍り出る。

 元々、この大通りにいた不明体五体はただ待っていたわけではなく、上空から迫ってくるアストラオーを迎え撃つべく、不明体の間を一定距離空けつつ迎撃体勢を整えて待ち構えていた。隊形としては方陣を敷き、それぞれの角の頂点に一体ずつと方陣の中心に一体として並んで上空から来るアストラオーへ砲口や銃口を向けていた。

 大通りにいた不明体五体は大通り上空にアストラオーが姿を現したことで構えていた筒先から待っていましたと言わんばかりに各兵装の射撃を見舞う。

 同時射撃による轟音が響く中、砲撃などの音とも違う破壊音が混じる。少しして上空から放たれた砲弾による爆発音も響いてくる。しかし、上空の視界が噴煙から明けるまでもなく地上で異変は起きている。不明体による方陣の各角と中心合わせて五体は同時に攻撃を行なったものの、方陣の真ん中にいた不明体の一体だけは胴部を貫かれて砕かれていた。

 不明体五体から同時に攻撃を行なわれる間際、アストラオーは片脚を引いた飛び蹴りを打ち下ろす格好で、地面に向けてスラスター移動よりも速い動きをみせつつ、不明体一体の胴部を脚を矢にするかのように打ち抜いたのである。

 アストラオーが地上に下り立ってからすぐ次のアクションを取る前に、今回迎え撃った不明体とは別に挟撃に動いていた八体はアストラオーが立っている大通りを前後に挟む形で現れる。

 アストラオーは挟撃しに来た隊を後回しにし、方陣の四角形を成すように立っている残りの不明体を一体一体撃破していくかと思いきや、方陣隊形の一角におり、片方の大通りに姿を現した不明体群に近い不明体一体へ即座に近寄り、一気に接近した一体を掴むと大通りに姿を現した片側四体に向かって不明体そのものを勢いよく投げつける。

 投げつけたアストラオーはそのまま次の動作へ移行する為か、足裏のスラスターと背面のスラスターとで足元のスラスターから順に噴き上げさせると器用に高速背面移動をしつつ、スラスター出力の強弱による反転を行ないながら対角線上にいる不明体一体の元へと跳ぶように駆けつける。今度はその勢いを止めることなく、不明体をがっちり掴んだままスラスターを止めずに先程投げつけた四体とは反対側に現れた四体の元へと、掴んだ不明体を盾にする形で急速接近していく。

 即座に不明体一体を投げつけた側とは正反対から挟撃に来た四体に向かって、掴んだままの不明体を盾とするアストラオーが迫る。掴まれた不明体も何もしないわけではないが、アストラオーの右腕で左肩部やや下の間接部を、左腕で右腕を挟むように絡められながら腰部を押さえられ、両碗部の先にある筒から火を吹かせたところで地面に穴をあけることしかできず、アストラオーへ届かせるには至っていなかった。

 仲間を盾に取られているからといって接近されている不明体四体は手を緩める気配はなく、盾にされている不明体ごと撃ち抜かんばかりに砲撃銃撃を行ないつつ、アストラオーを射角に収めるように向かってくるアストラオーを中心とした扇の形を開くように左右へとスライドしていく。

 大通りに姿を現した不明体四体ずつの二チームも、同様に方陣を敷き、各角の頂点に一体ずつ不明体を配置する菱形のような隊形で現れていた。大通り中心から不明体を一体を盾にしたままアストラオーが迫っているチームに程近い一体と向かって右にいた一体はアストラオーから見て右へとスライドし、向かって左と奥にいた一体は更に左へと移動する。

 アストラオーもそれを眺めながら直進していたわけではなく、右に移動した側へ追うように軌道を修正しつつ、直近の一体に近づくところで抱えてた一体を慣性に任せる形で不明体へ不明体を預けるように手放す。

 これは傍目からするとなんとも異様な光景である。高速戦闘中とは思えぬような所作である今のことに対処が追いついていないのか投げ出された不明体はともかく渡された不明体は仲間の不明体を受け取るかの如く、一切の行動を停止しているように見える。

 アストラオーは手放した際に体勢がやや上向きになっている目の前の不明体を坂のように捉えているのか、目の前の不明体を駆け上がる。投げ出された不明体と受け止める形になった不明体が死角になって状況が見えていなかった更に後方にいた一体には、あっという間の状況であったろうが、前二体が揃って体勢を崩したときには上から降ってきたアストラオーが視界に入り最後まで見届ける間もなくその身を貫かれる。

 アストラオーは駆け上がって通りすぎた先にいる一体を右腕で胴部を貫いたまま腕を抜かずにそのまま右反転で来た道を戻り、駆け上がって通り抜けた二体のところへ戻ると重なって体勢を崩していることから左腕手刀を振り下ろし二体の胴部を貫き砕く。

 二体を沈黙させた後、アストラオーは右腕に不明体を抱えたままであったが、振り抜いた後にアストラオーの挙動を止めつつ不明体から右腕を引き抜くと背面スラスターを噴かせながら扇形に広がっていた残り二体への射線に躍り出る。

 アストラオーは二体の狙いに入らないよう、広く左右へ振れながら高速に近づく。向かって右側にいた不明体を掌を上向きにしたままの手刀で右から左へまるで撫でるかのようなまま駆け抜けると、その位置から左にいるもう一体へ右腕を引き寄せながら放つ左正拳突きのような形で不明体の胴部を貫く。この場合はもう結果は見えていたと言わんばかりの動きであるが、現実のところ捉え切れなかった不明体二体には手も足も出ていなかった。


 アストラオーが片側四体を苦もなく沈黙させる。この間、元々残っていた二体と投げつけられた一体、投げられる標的にされた四体の計七体はアストラオーへ向けて隊形を組み直すと攻撃を開始しつつ再度アストラオーへ迫ろうとしていた。それでもアストラオーが四体を沈黙させる時間と七体が合流して迫り始める所要時間に差はあまりなかったため、そこまで近づいてもいなかった。

 「まるで魚鱗の陣よう、ですか、面白い」

 アルマはまるで気にもかけていなかった対象が意外なものを見せてくれたとでも言わんばかりの反応をするが、トオジは一瞬だけ奇異なものを見るような目でアルマを見るも特に言葉を返すでもなくすぐまた不明体を見つめる。

 アルマの発言したとおりに七体は簡易な魚鱗の陣とも呼べなくもないような隊形を敷いてアストラオーに迫ろうとしている。

 魚鱗の陣とは簡単に言ってしまうと三角形の頂点を先頭とする戦国時代に用いられていた陣形の一種である。といってもそれはあくまでも数百数千を超す人の集まりでもって行なわれた陣形である。今回の不明体七体は四列からなる形で整え、一列目に一体を、二列目に一列目に重ならないように二体を、三列目には更に二列目と重ならないように三体を、四列目に一体を配置する形としていた。

 一体と七体。物量としては圧倒的な差であり、本来ならどれほどな脅威を齎すかといった話であろうも、アストラオーのコックッピット内に危機感は微塵も漂っていない。

 しかしながら不明体も指をくわえながら迫っているわけではなく、既にアストラオーに向けて砲撃などを行ないつつ迫っている。対してアストラオーは向かってくるものを最低限の挙動で避けているとはいえ、悠長に構えている場合ではないであろう状況でもある。

 一瞬、射撃による波状攻撃に間ができたのか、アストラオーは引き絞られた矢の如く瞬時の加速でもって不明体の陣形に突入する。アストラオーが向かった先はアストラオーに投げられた一体が陣取る三列目の右端。投げられた際に腕部が拉げていたり、掴まれたであろう胴の一部が凹んでいるほどに他の個体と比べて穴となってしまっていたところを目掛けたようである。

 今まではスラスターの出力緩急で緩くしていたのか、先程の四体を行動不能にした際の比ではないほどの出力で一直線に不明体の眼前へ迫るも一体たりとてアストラオーを補足できている存在はいなかった。眼前に来たとはいえ既に使い物になっていない腕部を持っている三列目の一端の不明体はなすすべもなく、地面と水平になるようなアストラオーの左手刀を右から左へと振り切られて沈黙する。

 アストラオーが三列目端の一体へ到達したと同時に一体が沈黙したとしか把握できない状況であるも、残りの不明体はアストラオーの存在をそこでやっと再認識する。

 しかし、それでも時既に遅く、事象を認識したときにはアストラオーはそこにおらず三列目の反対の端にいた不明体の真後ろに現れていた。

 スラスターを使った形跡もなさそうな光速とも思わせるこの動き、技樹津人が言っていたあり得ない動きの一つと言っていいであろう。他にもいくらかの不可思議な動きはしていたが、明らかに現代物理法則を無視している常軌を逸するこの動き自体は既に当戦闘ですら何度か繰り出されている。

 三列目正反対の端にいる不明体の後ろについたアストラオーは今度は再補足される間もなく、後部から左拳で胴部を貫くとそのまま二列目の一端にいる不明体へ飛び掛る。スラスターを噴かした反動で右半身が前に出ることで右腕を手刀の形で突き出すと、そのまま不明体の胴部を貫く。

 残された不明体群は完全に翻弄されている。二列目の不明体一体が崩れる落ちるところを再補足できたところでまたもアストラオーはその存在を消し去ったかのように姿を消すと同時に四列目の不明体が崩れ落ちる。今度は四列目の不明体の後ろに現れていたのだ。

 勢いは止まらない。

 電光石火の早業で数の利を潰されてしまってはもう不明体に何かする力はないであろう。アストラオーは補足されるのもかまわずに、スラスターの加速に身を任せたまま三列目の真ん中にいた不明体一体をすれ違いざまに居合いのように構えた右手刀で薙ぎ払う。速度が乗っている以上、不明体の強度が勝ればアストラオーが強度負けすることもあり得るかもしれない。にも拘らず、これだけの連戦を続けてもアストラオーが強度負けしないだけの差がありありと表れている。

 その勢いのままに二列目の不明体へと迫る。今度は不明体の直前でアストラオーの左脚を大きく一歩右側に踏み出すことにより、不明体へ背を向ける形となる。背面を向けて無防備にさせた矢先にアストラオーの右脚が不明体の右胴を打ち抜く。アストラオーは不明体に対してバックスピンキックをお見舞いしたのである。

 バックスピンキックを行なったことで、一列目にいる不明体に向けては大きく膨れるも、最後の不明体はアストラオーに射撃を行ないつつ接近していく。放たれた攻撃が着弾していくも、それらはアストラオーの描く軌道上に置き去りとなる形で外れていく。

 お互い正面きって接近していくと不明体の左腕が巨大な一本の棒と板の中間のような形状に変わる。一見すると山刀のようであるが、刃物と呼ぶには分厚く、切るよりも突く又は叩くなどの用途に適しているようなそれ。どうやらアストラオーとの接近戦で一撃でも入れることに重きを入れたようである。

 だが、接近戦主体にしたとして容易く触れられることもなくアストラオーに向けた左腕は虚しく空を切る。アストラオーは不明体から伸びてくる左腕に対して右足を一歩踏み込むことで伸びてくる左腕を身体の外に逃がしながら右腕で払うと、がら空きの胴へと左腕を捻り込む。

 一体、また一体と不明体群に捉えさせることなく端から行動不能にさせていく。今日何度目も起こしている不可思議な現象も含めて不明体を行動不能にする様は鎧袖一触そのままの意味通りであり、その姿まさに敵無しである。

 向かってきた残りの七体目も行動不能にさせてるとアストラオーも不明体も静かになる。

 今回はトオジからすると二戦目だというにそんなことは微塵も感じさせないような鋭い動きが何度も出ており、力業だけの形ではなかったと評価されてもおかしくない、それほどに玄人も真っ青な内容も確かに存在した。なんとも不思議な戦いであった。

 「敵、全体の沈黙を確認」

 アルマからの一言で気張っていたであろうトオジは気が抜けたとわかるようにそのまま背もたれに身を預ける。前回もそうであるが、ゲームではないので区切りと判断していいのかわからないトオジにはありがたいアナウンスとなったのであろう。

 「これよりマスターからの要望である話し合いの時間へ移行しますがよろしいでしょうか」

 「あー、頼む」

 背もたれにもたれかかって気の抜けていたであろうトオジは、一瞬理解が追いついてなかったであろう間を置いてから是となる返事をする。アルマから改めての提案をトオジが了承として返すと、佇んでいたアストラオーは前回と同様に突如として飛翔を始め、その場から飛び去ってしまう。