星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第十二話 再訪


 トオジがアストラオーに二度目の搭乗を果たすと同時刻、とある首相官邸



 重厚な扉の向こう側からマナーも何もなっていないような廊下を勢いよく走る音が聞こえてくる。その音は徐々に大きくなったと思うと扉が乱暴に叩かれる音がする。

 「騒々しいな」

 「どうぞ」

 デンは表情も変えずに率直な感想を述べ、ゼンが音の主を部屋に招きいれる。

 扉の向こうから姿を現したのは、第二所属不明体ことアストラオーの調査報告を終え、内々報告会から席を外した現場担当調査班リーダの伎樹津士也(ぎじゅつしや)その人である。

 そこそこの距離を走ってきたためであろうが、日ごろの運動不足もあるであろうこともこれでもかと肩で息をし、会話にならない言葉を発している伎樹の姿から見て取れる。

 「どうしました、落ち着いて話してください」

 何事かあるであろうことは察するも会話にならないのは言葉通りに話にもならないため、藍は意識的に落ち着いてもらう言葉を伎樹に投げかける。

 「げっ・・・げん! げん、現地からアストラオーが飛び去りました!!」

 一つ大きく深呼吸をしてもどもりながら伎樹が告げた言葉は衝撃の内容となり、場の空気を凍りつかせる。

  伎樹が現場から受けた直通の報告では、連日と変わらずに調査を開始していたまではいいものの突如として駆動音を響かせたと思ったら、その場から飛び立ったとのことであった。

 発見から今まで、アストラオーから誰かが出入りした形跡はなく、中に生活空間でもない限りは人の活動限界を迎えていると結論されていた。その上、調査で周りを囲っていても全くといっていいほどに反応がなかったこともアストラオーに搭乗者居らずの予想に拍車をかけた。


 今ある断片情報だけでは結論に至るには不足していると分かっているだろうも、三人は伎樹の報告から直接の搭乗などはなくまさに今調査中のメンバーの見ている前から飛び立ったのだと聞くことで、先の報告から現実的な可能性が薄く考えうる対象から除外しても問題ないであろうとしていたことを念頭に置かなくてはならなくなってしまった。


 それは第三者からの遠隔操作。

 既に世の中の大型汎用機にも一世紀も前から取り入れられていた機能であり、とっくに考慮されて然るべき話である。しかし、その存在を可能性の考慮から外す要因として大きかったのがアストラオーの行動内容と移動距離であった。

 距離が離れれば、当然ながら遠距離操縦と乗り込んでの操縦とで反応速度に大きな差を齎すことになる。これは操縦距離の長さに比例して広がる。先の戦闘区域に程近い場所からの操作であればまだ納得はいっていたかもしれないが、、先のアストラオーの機体挙動を映像で見ても遠隔操縦しているなど微塵もないとは言い切れないものの、その後の百キロは優に超えるであろう距離の移動と移動後の放置ぶり、それと残っている映像と情報から可能性が限りなく低いであろうと考えなくなっていた。


 所有者なしであれば、未知なる技術の塊と思しき機体の接収や所有権の主張もできたであろう。第三者が他国の者であればそれはもう国際協調もない勝手な越境行動など、政府として行動指針を打ち出すなど国民へ存在感を示しつつ、該当国との落としどころ交渉が重なるだけの現実的な頭の痛い話で済んでいたであろうところ。国内の者であり、言葉が通じるなら自国民のアドバンテージを持って他国よりも有利に交渉が進められるかもしれないだけの話であった。

 では、単純に遠隔操縦がなぜ場を凍らせるに繋がるのか。それは……。

 「新たなお仲間の類か?」

 デンが呟いた言葉が危惧の正体である。

 アストラオーの仲間がいたとしてどうして危惧することなのか。それは現時点でアストラオーの行動理念も所属も不明である上に、遠隔操縦者ないしはそれに類するものが、もしかするとアストラオーと同等か下手すればそれ以上の戦力を持った存在かもしれない。しかもそれは一つ以上、それこそ団体規模でいるなどとなれば話がまったく変わってくる。


 現文明では持ちえないクラスの戦力を有したアストラオー。現地人が所有者でなければ当然、アストラオーが所属する何かしらからその者が出てくるところであろうも、その相手がアストラオーと同等以上の戦力を有していても何もおかしくなくなってしまう。それはそのまま地球規模で危機に直面することを意味する。日本だけでどうにかなるレベルを超えているのである。


 しかし、今はその場を凍らせる話題だけが独占しているときではなかった。


 「総理、報告します!!」

 飛び込んできた伎樹の隣に当初から存在していたが、伎樹に隠れて見えていなったゼンの部下が空気を読まずに場へと割り込む。第三者が語気を荒げるほどの報告であったことによりゼンとデンは多少なり冷静さを取り戻したのか普段の顔つきに戻っている。


 「・・・どうした」

 冷静さを取り戻せたからか、このような状況下でも部下の口調が普段より明らかに強いことに気づけたことから、こちらも火急であることを察したゼンは発言を促す。

 「先日同様、S区に第一所属不明体が複数出現! その後、現地に現れた第二所属不明体と交戦を開始しているとのことです!」

 それはまた停止しているような状況でない一報であった。あまつさえ、件のアストラオーがその場に現れたことまで報告にあがったのである。次から次へとと愚痴りたくもなるであろう展開の報告が矢継ぎ早に告げられる。


 ゼンの部下が執務室にある大型スクリーンに報道の映像を映し出すように操作する。写ったスクリーンには今まさに戦闘中の不明体とアストラオーを望遠カメラで捉えた映像を放送しており、みなが揃ってそちらを凝視する。


 食い入るように見つめていたゼンはハッとしたように映像から部下へと視線を移すと現場にある防犯カメラや報道カメラでもなんでも取得したありとあらゆる映像、それにまさに現在進行形で撮影されている映像の確保を事件前から合わせて回収できるだけ集めることも必須として、避難や道路封鎖など現場作業優先しながらその所管のトップと話をするように指示を出す。


 そんなに長い時間指示出しや調整をしたわけでもないのに、気づけば画面にはすべての行動を終えて再び佇んでいるアストラオーへと焦点が当たっていた。

 これで収束かと思われた矢先に、またしても飛び立って行く姿が映し出されると、しばしの沈黙の後に現場中継の映像に変化がないことを察してスクリーンへ向けていた体の向きを変えつつ今いるメンバーと話し合う姿勢へと正す。


 蓋を開けてみれば、不明体群の再来はまたもアストラオーが撃退してくれたことで幕を下ろしたのである。再度アストラオーを見失ったままであることは変わりないものの、報道内容のお陰で少なからず一同に安堵の色が見て取れており、たとえ海千山千の政治の場を潜り抜け続けていたゼンやデンにとってもそれほどに明るいニュースとなりえたのも確かである。


 ゼンやデン、藍は喜色満面とまではいかなくとも少なからず強張っていた顔から安堵の色が見て取れてるほどに弛緩した空気が流れる。しかし緩んだのも束の間、突飛な事件が起きたとはいえ三人は今まで行政のトップとして働いてきたのは伊達ではない。通常の業務とは別に緊急で発生したことにより各方面への指示と調整が山となって待っているのを理解していることで、すぐさまこの後について思考を巡らせるような引き締まった表情へと変わっていく。

 「一応、類似戦力の増援も認めらず、かといって敵対行動を取る様子はなし」


 「その点の結論はまだ早いでしょうが、今は安心しても良さそうですね」

 藍は状況を整理する為に呟いた何気ない言葉に、集中して映像を見ていた伎樹は周りにいる人の立場も省みずに率直な感想を藍の言葉に乗せる


 「バカ言っちゃいけねえ」


 「え?」

 デンの静かな怒りの言葉とも取れる返事に伎樹は思わず聞き返す。


 「確かに敵対行動はないけれど、アストラオー陣営とは意思疎通すら図れていないのは事実。 何も情報を持てていない相手が懐にいるという不気味さは安堵には繋がらないね」

 ゼンがフォローするようにデンの言葉の補足を行なう。

 先程の指示にありとあらゆる面での映像の類を掻き集めさせたのは何かしらアストラオーと接触を図る切欠ないしは、鍵になりそうな情報の発見に繋がることになればのと集めさせていたのであった。まさに藁でも縋る思いであろう。


 日本政府として所属すら不明な存在の行動一つに対して何も対応を行なえておらず、あまつさえ相手が国内を我が物顔で闊歩しているなど許してはいけない行為である。

 例え相手がどんなに超越した力を持とうとも、交渉すらまともに行なえていないどころかどこの誰かも知りませんなど国内で主権を握る存在が見逃していていいものではない。


 流石に畑違いの伎樹にも人間ではないが正体不明の存在が近くをウロウロする状況が良くないことであるのは察したのか失言してしまったとの思いからバツが悪そうに沈黙する。



 今回も襲撃の場となったS区は立ち入り禁止区域の一部再開放する日と被ったとはいえ、幸か不幸か復興着手前であるところから更に被害が拡大した形になったのみであり、新たな地域にまで被害が拡大したわけではないことは三人にとっても内心助かったと思ったことであろう。

 他にも被害状況の再調査や再開放日による再開放区域に立ち入り、交戦に巻き込まれた人たちの被害把握なども疎かにするわけにはいかないため、指示や調整などでやることが増えていることは頭も胃も痛くともやらねばならぬ立場である。


 三人が行政のことで頭を悩まして話し合っている頃、畑違いどころか立場違いの為に一人蚊帳の外である伎樹はボーっとしているわけではなく、先程の失態を取り返そうとでもするかのように、三人から少し離れるようにして自身が持っている端末から今時点で出回っているものの中から先程の交戦現場の映像をより長く撮っている映像を選別しては眺めていた。

 伎樹自身は熱中していた為、三人が行政のことについて話し合っている場違いに気づいておらず今すぐ出すべき指示を終えていた三人の視線が集っていることに気づいていなかった。

 「これは……」

 「伎樹君なにか、、」

 「総理!! 麦国白宮より緊急の問い合わせがあります!」

 三人とは別に映像を見ていた伎樹がふと漏らした言葉をゼンは聞き漏らすことなく拾い、その意図を本人に問いただそうとした矢先に飛び込んできたゼンの部下の一人から放たれた言葉で遮られる。

 その時になって伎樹は改めて状況を認識し直した。日本国首脳トップの三人に次から次へと持ち込まれる事態を他所に声をかけられた伎樹は今自分が置かれている立場と居る場所について認識した為、先程まで熱中していた姿はなく部屋の隅で直立不動のまま固まっていた。


 固まっている伎樹であるが、流石に国のトップが他国首脳と連絡をする場に同席するのは不味いと判断したことで部屋から退室を試みる。退室間際に藍からアストラオー調査班の今後の話もしたいからとの意向の下、執務室の外で控えていることとなった。


 執務室を出た伎樹は元アストラオーがいた調査現場に詰めている部下へと通信を行い、状況の連携と今後どうするかの話をするためにもう少し留まるよう伝えていた。


 「待たせましたね、どうぞ中に」

 「え? 話は別室では……?」

 待つこと三十分ほどであろうか、中でのやり取りが終わったようで執務室から藍が顔を出して伎樹に入室するように促す。伎樹自身は藍との話のみだろうと勘違いしていたのか、再度入室を促されるとは思っていなかったようで再度困惑したように固まる。


 「伎樹君、遠慮せず入りたまえ」


 「・・・・・・はい」

 伎樹が固まっていると藍の後ろから裏のありそうな有無を言わせぬ笑顔を貼り付けたゼンも入室するようにと声をかけてきたため、伎樹は連行される気分で本日三度目の執務室入室を行なう。

 現状、自分自身にできることなど何もないと考えていた伎樹にとっては不安になるのも仕方のない話である。


 ただし、ゼン自身は即時の会見に臨む必要があるからそれまでは残っているようにと言い残して執務室を後にする。藍は伎樹にアストラオーが佇んでいた場所から何か出るかの調査まではするように命じ、今後の流れとしてはそれに合わせて他部署の人員は最低限を残して現地から逐次減らしていく旨を伝える。


 ゼン抜きでもなんやかんやと今後についてなどを話し込んでいたらあっという間に時間は過ぎたようで、気づいたら緊急会見を終えたゼンが戻ってきた。



 「待たせたね」

 伎樹としては一介の技術屋にできることは何もないと思っていた気持ちが蘇ったのか、多少引き攣った顔でゼンを迎える。

 本来なら伎樹にとっては報告だけで終えるはずだった日が一日仕事になりそうだと感じることになったであろう。