-- vis novus --
都県境とも違う緑広がる山の裾野に佇むアストラオー。
そのコックピットに一人の男性と人を遥かに小さくした一体の立体映像が向かい合っている。
「改めてまして、凱十字路様。 私は当機体管理AIのアルマです。 以後お見知りおきを」
「前回ずっとここにいた?」
「はい」
「何で前回黙ってたの?」
「前回は切羽詰っていた状況でしたので説明は後程ということにして今に回しました」
「それ今回もやったやん!」
トオジのうさんくさい似非関西弁によるツッコミが入るも、アルマはどこ吹く風と全く気にした様子もない。
その非現実的な自己紹介を行なうアルマと名乗るアストラオー付きAIは、大きさおよそ三十cmほどの人型、表示されている見た目は青年よりはやや幼さの残る少年のような雰囲気。
顔はまさに美形であり、女性とも男性とも取れるほどの中性的な顔立ちである。大き目の円らな瞳やどことなく丸みを感じさせる形から、どちらかというと男性的な雄雄しさよりもやや女性的な柔和な雰囲気の方がそこはかとなく滲み出ている。
髪についてはショートで無造作ヘアとでも呼べるような細部が少々ツンツンした形が幼さを目立たせているかもしれない。
服装は単純なスーツではなくイメージそのままのスラックスタイプの執事服を着用している。立体映像であるから、服に着られていることもなくアルマにピッタリ似合っている。
嘘やドッキリとするにはあまりにも壮大な仕掛けすぎてそんなことを微塵も思う必要はないと判断しているトオジは淡々と会話を始める。
「それで、えーとアルマ、さん?」
「アルマ、とお呼び下さい」
「なんでマスターとやらが俺なの?」
「それは定められた縁ゆえと今は受け入れてください」
「なんじゃそりゃあ」
「軽いAIジョークです」
「え? なんて?」
「AIの冗談だけに愛のあるジョークです」
「お前絶対中におっさん入ってるだろ!」
何よりも気になるのはなぜ搭乗者としてトオジなのかについて問いただすべく質問すると不毛なやり取りで返される。トオジ自身、本当はAIじゃないんじゃないかとでも言うような疑いの眼差しをアルマに向ける。
「マスターに合わせたくだらないやり取りはこの辺にして、今もってマスターには時間がないので必要な話をさせていただきます」
「時間がないってこんな人里離れた場所まで移動しといてそれはないだろ」
ここまで一緒に来て、今更トオジに時間がないなど言われてもと釈然としない顔をしているトオジは時間がないとはどういうことかを問い詰める。
「その点説明します。 マスターが今回の騒動で政府から目を付けられるのはもう間もなくのため時間がありません」
トオジからの文句にいやもなくアルマは丁寧に説明を始めるが、当のトオジは政府に目を付けられるのくだりから目が点となる。
元々、前回の時点でトオジが搭乗したことに政府が辿りついて政府側からトオジに接触していても、それとは関係なくアルマ側からトオジ側への二度目こと正式な接触は行なう予定であったこと。
恐らく前回は爆風や粉塵が上手いくらいにカモフラージュになったり、幸か不幸か近場のカメラがほぼ全滅しかけているなりしてことが即座にトオジへと辿りつくまでに至らなかった原因だろうとの推測と想定の一つを伝えられる。
その上で、今回はトオジが搭乗するまでに時間がかかったこと、前回と違い戦闘区域に侵入した者自体が相当数限られているのは明らかである為、今回のことでトオジに何かしらの当たりをつけて接触するのは目に見えていること。
それにより政府はトオジから何かしらの情報を得る為には最悪長期間の拘束を伴うお誘いもあり得るなどとアルマは脅しとも取れる内容もちらほら含めて説明する。
語ること三十分。
最初こそ落ち着いた調子で聞いていたトオジも次第に顔色は優れず、今すぐにでも逃げ出したいような弱気な表情へと変わっていく。
「わかった、わかった、とりあえず俺は一蓮托生だと理解したうえで話を聞く」
このままアルマの話を聞かされたところで、トオジ自身が普通の生活に戻る活路になる道が見えない話を延々聞かされそうだと思ったトオジは、観念したといわんばかりにアルマの話を打ち切り、他にも聞きたかった話について進める選択をする。端から見ると幾分かトオジの顔がやつれた様に見えるのは気のせいではないかもしれない。
トオジはアルマの話について肯定も否定もできぬまま項垂れている。アルマとしても少々喋りすぎましたなどと補足しているが、頭を振って意識を切り替える素振りをするトオジ。
項垂れていたところから再起動したトオジは起こったこと退治した相手について質問を始める。
「それであれらはなんなんだ?」
「あれらとは前回と今回とで交戦した?」
「そう」
「あれらは通称、EOLと呼称される地球外鉱物生命体の一種のようです」
きっぱりと言い切られる答えは人ではない地球外生命体の存在。その後に続けたトオジの質問のなぜ自分が戦うのかの問いには、トオジがいる場所に現れたからとすっぱりと返されて言葉も出なくなる。
「生命体……? あれらはロボットじゃなくて生命体だったのか」
今更ながらどんな相手と戦ったのかを振り返り、己が掌を見つめて沈黙するトオジ。人ではなく生命体が相手だったことによる心境はどんなものか、今ひとつトオジの表情からは読み取れない。
少しの沈黙から復活したトオジは今一番身近にあり、謎に包まれている存在について問いただす。
「そもそもこの機体はなんなの? あいつらと戦う為のもの?」
「マスターとの合流は必然ですが、EOLとの交戦はたまたまです」
この回答が返って来るとトオジは喉まで出かかった言葉を歯を食いしばってブレーキをかけたような表情と合わせるように体全体でも表す。どうやら、この回答ではトオジの求める答えになっていなかったのであろうが、そこをツッコムとやぶ蛇になりそうだからとでも思ったのか渋々止めた形に見えなくもない。
では何故、EOLの正体について把握しているのかと問えば、とある情報網から取得したなどとさらっと返されてまたも質問が終わる。とある情報網ってなんだそれとも思ったことであろうが、どうやら今回の事態へ直接関わっているわけではなく単なる事故で参戦したことは間違いなさそうであると納得せざるをえないトオジであった。
アルマの話ではマスターであるトオジに危害が加わる状況になると判断した為、あの場に駆けつけて搭乗させるに至ったとのことであったが、トオジは仕方ないといわんばかりのため息を一つし、話の内容を変える。
「そうすると俺に今後どうしてほしいかどう動くかの想定を聞くところが必要か」
「ありがとうございます。本題に入らせていただきます」
アルマは待っていましたと言わんばかりに現状についての説明から今後のトオジへの行動指針を話し出す。
「はあああ? 俺に仕事を辞めろって言ってる?」
「はい、必須事項になります」
説明された今後の方針としてまず告げられたのが、トオジのフリー化であった。アルマから告げられたのは今後の行動は仕事しながらでは無理がある為、今就いている職を辞めてもらうことであった。
トオジはれっきとした社会人として日々の生活を送る資金を稼ぐ為に働いている。長期の休みを取ったところで生活そのものに影響の出ない義務教育や実家通い高校、大学などの学生期間とも訳が違う。休めば資金は増えないどころか、首になっても何もおかしくない。
「無職でいろって?」
「その点は二ヶ月分の生活するのに余裕がある旨、把握しております」
「俺の財布事情もマーク済みか! けど、わかりましたと言うわけないだろ」
アルマからは二ヶ月を一つの区切りとしての提案として出されるが、はいそうですかとはならないとトオジは返事をする。至極、真っ当な言葉である。
いきなり会った相手からじゃあ仕事辞めて無収入の無職になってねなどと言われて、はいそうですかと二つ返事で頷く者は余程の世間知らずか、いかれた職場環境に晒されている者や頭のネジが何本かなくなっている酔狂者であろう。
辞める辞めないで押し問答が続くと思われるところで、この話し合いの最初に戻る内容を引っ張り出されて政府に拘束されるて辞めるか、このまま一蓮托生で歩む為に辞めるか二つに一つです、とアルマは言い切る。更に政府に拘束されてもそこからまた引っ張り上げるので結局は辞めて一緒に行動してもらうことに変わりはないことを伝えることも忘れない。
トオジは苦悩の表情から二度目の項垂れるポーズで沈黙する。
「マスターには最低二ヶ月かけて操縦訓練を行なってもらいます」
少しして顔を上げたトオジから拘束理由を問われたアルマはトオジの取るべき予定について答える。伝える内容は質問への回答というよりも決定事項として伝えている。
「いやいやいや、アルマも見たろ、俺の操縦」
「気づいてらっしゃいませんでしたか」
トオジはアルマが返答した意味がわからず、きょとんとした顔をしている。アルマはアルマで表情に全く変化はないものの、まるで落胆したような雰囲気を醸し出している。
「今回、前回の戦闘はマスタの意思を補助としましたが、メインコントロールはこちらで行っておりました」
「エッ?!」
続けて伝えられるアルマの発言を大いなる衝撃とばかりにトオジは間抜けな声と表情に出してアルマに返す。
「操縦への意識はそう間違っておられませんでしたが、基本的な操縦方法や当機への理解が全く足りていない為、とても扱えていたなどとは言えません」
更にアルマからの手厳しい言葉が続けられる。
「なに? 俺がやってやったぜとか思ってたのは?」
「何をやってやったのかは理解しかねますが当機とともに切り抜けたところは見届けています」
「うっわ! はっず! めっちゃ凄いよ俺とか勘違いしちゃってたーーーーーー」
さっきまでの全能感にでも酔いしれていた己の姿を思い出していたのか、恥ずかしさ全開と言わんばかりにトオジは両手で顔を覆いながら叫び声を上げる。悲しいかな、誰もいない様な場所で且つコックピットの中にトオジの虚しい叫びだけが響く。
もしここで誰かがトオジを援護するとしても、己の戦力不明、彼我の戦力差も不明の中で無事生還していることにより全能感から思い上がりを得ても不思議ではないよくらいの言葉であろうか。慰めにもならずに泣きっ面に蜂くらいの追撃しかならなそうである。
この話題ほど周りに人がいないことが幸運だったことであろう。
「そもそもマスターは当機体がどのような操縦方法でどのように動くかもはあくしてらっしゃいませんよね」
止めとなる極めつけの一言がアルマから放たれる。
仮にトオジがした行動の一つでアストラオーが動いたまたは動かせたことと操縦していたことはイコールではない。
レバーを引いたら動いた、思ったとおりに動いたが合っているのかの検証もしていないのに操縦したと思うのは思い上がりである以上は仕方ない。
もっとも検証などしている余裕もなかったためなどの安易な励ましはできるものの、思い至らなかったはともかく勘違いしたままではどうしようもないことなのでとてもありがたい忠告でもある。
この衝撃の一言にトオジはぐうの音も出せずに肯定となる沈黙をしつつ項垂れる。恐らく今日一番の凹み具合であろう。
トオジが沈黙してから少しばかり経ったころにアルマが問いかける。
「マスター、こちらから一つご質問よろしいでしょうか」
「あ、ああ、俺に答えられることなら何でもどうぞ」
今まで質問を受けるだけであったアルマも一旦の区切りになったことを察してか、今度は受ける側からトオジへ質問を投げかける側へと変わる。
「マスターは当機をアストラオーと呼称されているようですが、それは何故でしょうか」
アルマの疑問は機体名についての言及であった。トオジは何一つ隠すこともないと思ったのであろうか、事件後に警察で行なわれた調書への記述からより詳しい説明を行なう。初回搭乗時にコックピットで集中している最中だったのかは確かではないものの”AST”や”O”っぽい文字列が浮かんでいたのか強く印象に残ったことから、その文字列からアストラオーと呼んでいたことを教える。
「・・・・・・そこまで見えていながら」
アルマは残念がるように頭を左右に振る素振りから、しばらく沈黙した後にため息モーションを行ないつつポツリと呟く。トオジの耳にもしっかりと届いていただろうが、聞き返すほどでもないと思ったのか沈黙を続けることでアルマの次の言葉を待っている。
「武装一つ使う発想もなかったマスターには絶対的な操縦技術以前にイメージが足りていません」
全て殴るか手刀、果てはブン投げるなどの格闘戦のみのイメージだったことを改めて突きつけられたトオジには何も言い返せる言葉もなかった。
取扱説明書もなければ簡単なレクチャーもなく搭乗したロボットの全兵装や機体の特性まで瞬時に理解して操縦しきる方が明らかにどうかしているのは間違いないことであるも、トオジにはそこまで思考が追いついていないようで全く言葉が出てきていなかった。
それでも取扱説明書や機体設計書などどんな資料があったところで初めて乗って軽く動かすまでならともかく、待ったをしてくれない戦闘操縦しきるなど余程に素晴らしいリアルタイムサポートでもないとできないようなことである。
できるならその存在はまさに天才か、そこに特化したような稀有な才能の持ち主なのであろう。