星纏大征 アストラオー

-- vis novus --

第十四話 暗々裏



 「それで俺がアルマの案に乗るとして今後操縦訓練以外に何がある?」

 「訓練も含めて大きくは三つ。 ですが、マスターには操縦技術向上が何よりの最優先課題です」

 「無職のときの俺の生活は?」

 「その点は問題ないのでこちらに全てを預けてください」

 先程からの会話からトオジに留まる選択肢はなく進むしかないのがはわかったからか、特段拒否の反応もせずに大人しく話を聞いている。

 その後、アルマからは手短に話すと伝えられた内容から三つのポイントごとに区切って説明される。

 一つ目は先程から出ていたトオジの操縦訓練、続いてが現日本政権への接触と交渉、最後に現代社会におけるトオジ並びにアルマたちの存在の確立とそれに伴う計画全体のあらましを順を追って説明される。

 「今後の取るべき方針と流れについては以上です」

 「面白いな、さしづめプロジェクトAAと言ったところか、変なやる気出てきた」

 最初の頃の姿勢とは打って変わって話を聞いている最中から徐々に前のめりになっていたトオジは挙句に計画名まで命名する始末であった。

 「直近は三日後に再合流からの操縦訓練か」

 「はい、そのところで改めてより詳細な方針の説明などもさせいただきます」

 あまりにも話しこむ時間が長くなるのは目に見えているためか、お互いに取るべき行動の話を優先させることで合意しているかのような空気となっていた。

 「ただ明日から動くなどと考えずに今日この後から動いていただきます」

 アルマからの手厳しい一言。トオジにやる気が出てきているとはいえ、どこかまだ他人事だとでも思っている雰囲気でも出していたのであろうか、トオジが往生際悪く先延ばしなどさせぬための釘を刺す一言。

 トオジは図星を突かれたのかはたまた言葉が届いていないくらいに考えに熱中しだしているのかこれと言ったリアクションも見せずにいた。

 まだまだ話すことはあったのであろうが、トオジの直近の行動が判明している為かトオジとアストラオー・アルマは一旦ここで分かれることとなる。

 トオジはアルマと話した通りに帰宅している最中に考えた仕事を辞する挨拶やその行動については考えており、帰宅後からは粛々と行動を開始した。もちろん、引継ぎについてはまったく触れることすらしていない。

 トオジ自身、酷くあとを濁した立つ鳥だと理解しながらも周りを巻き込まないための一つの手段だとアルマに言われていたこともあって痛む心と多少なりとも生まれる罪悪感を抑えながら身辺整理の続けていた。

 当然ながら突然の行動をであったことで引止めなど少なくない混乱を引き起こしたりもあったものの、例の事件から進退や休職を決めた人も少なからずいたようで身の回りより先では少なくはあるものの数ある一つとなっていたようだ。






 四日後、ここは中央アジアにあるかつては国の一部として栄えた大地の一角。

 「無理無理無理無理ーーーー! しぬーーーーーー」

 トオジの間抜けな声がそこかしこから木霊してくる。




 話は遡り、トオジとアルマが分かれて二日後の夜。

 トオジはアルマと二手に分かれた場所へと戻ってきていた。人っ子一人いないなどころか民家まで遠く果てに見えるかどうかのような片田舎。約束した場所に着いて何もないことを確認するように左右を見渡すが満足な電灯もなく月の光差さない夜の闇が広がるばかりの場所。

 少しして空から音がしたと思ったらトオジの目の前に降り立つ。その姿は紛れもなくアストラオーそのものであった。

 合流しそのままコックピットへと乗り込むとアルマから操縦訓練内容についての説明が始まる。トオジは気づいているかわからないもののコックピットに乗り込み、アルマと話し始めたところでアストラオーは目的地に向けてすぐさま飛び立っていた。

 操縦訓練の内容は機体の基本行動の反復から始まり、兵装を用いた対機体戦闘も行なうことの説明を受けているとしばらくして目的地に着いたことを知らされる。ジェット機も真っ青な移動距離と速度だったがトオジに実感はないであろう。

 日本では夜の闇が広がっていたがここは今まさに日が落ちんとしようとしている。まだそれなりに見渡せる目の前には不毛な大地が広がっている。だが、それだけではなかった。

 視界に広がる不毛な大地に不釣合いな二つの存在が異質さを際立たせる。一つは二階建てのアパートともいえる真新しい建物に倉庫に近いような建物がくっついたもの。もう一つはアストラオーの半分に満たないくらいの人型と思しき機体。

 「こちらが訓練中に生活してもらう施設と訓練で使用する機体、ACTINOR(アクティノール)です」

 「え? このまま訓練するんじゃないの?」

 トオジからしたら至極当然の質問である。確かにアルマの返答の通りに訓練の詳細な内容まで説明はあったものの一度としてアストラオーで行なうとの説明はなかった。

 「いきなりこの機体に挑戦されても振り回されるのがおちかと思われます」

 トオジとしては一瞬騙された気分になったのかもしれないが、人型機体を操縦することに違いはないので改めて登場する機体を眺める。しかし、アルマとしてもあえて説明しなかったのか、忘れていたのかは不明のままである。

 一から操縦に慣れるための実践としてアストラオーに機体性能が劣るもので練習してもらうこと、但し訓練機だからと言って決して貧弱ではないこともアルマから教えられる。

 そこからアストラオーは次の目的へと飛び立つも、トオジは現地に残って施設の確認と訓練機の確認を行なう。

 施設そのものは外の空間に似つかわしくないほどだがそれでも突貫で用意されたように最低限の生活機能と二週間は過ごせそうな水と食料が備わっている。

 突貫であろうが、一室の間取りは1LDKほどでそれが十部屋は備わっているそこそこの規模のものである。

 もう一つの訓練機の方は、説明し直されたとおりにアストラオーの大きさの半分以下。全長は12mほどの小型化されたそれはアストラオーのシルエットからすると大きな違いが二つ。全体的なフォルムにも多少の違いはあるものの目に見えるスラスターの数や設置場所はおおよそ一緒であること。何よりコックピットでの操縦方法は全く同じであることにより、間違いなくアストラオーに繋がる訓練になることが目に見えている。

 トオジは持っていた荷物を一室に放り込むと訓練機となるアクティノールの下へと移動し搭乗する。

 「お帰りなさいませ、マスター」

 搭乗するとコックピットでアルマが出迎える。アルマ自体は共通機構としてアクティノールにも備わっていたのである。

 アルマの説明を受けながらアクティノールの起動、機体の起立と座位動作から始まり歩行動作の初歩的な操作確認へと取り掛かる。ただの機体起動や歩行の基礎の基礎は訓練などと呼べるほどのものでもなくあっという間に行なえるようになる。これはこの系統の操縦方法ならではなのであろう。




 話は戻り、トオジ搭乗するアクティノールのコックピット内。

 「マスター、死ぬとはまた大袈裟です」

 「いやいやいや、歩行走行操作はわかってたけどさ、何この体感訓練って」

 「見取り稽古ならぬ体感してもらって手本の一つを覚えてもらう訓練です」

 「いきなり頂点経験させんなあああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 アルマがアクティノールのスラスターを用いた縦横無尽の立体機動の手本をコックピットにいながら体験したことに泣き言を言いつつもどこかまだ余裕を感じさせるやり取りである。

 最初こそアクティノールを起立させることから始まり、歩行から走行操作を行なうまでシステム特有の操作方法になれる目的であっても時間としてかかったのは半日どころか二時間もかからないほどであった。その後に機体挙動の手本をアルマが行い、それをコックピットにいながら感じ取ってもらうこと三十分。

 過激なジェットコースターから降りてきた人のような青褪めた顔をさせながら深呼吸するトオジ。

 「何度も説明しましたが、So-Linkシステムを用いた脳波ダイレクト操作を旨とする操縦です。基本的な操縦は感覚を掴めば2、3時間でもものにできます」

 「だけど俺に身に着けてもらうのは基本操作は当たり前でその先の熟達領域って話だろ」

 「仰るとおりです」

 トオジは耳にたこだと言わんばかりにアルマに向けていた視線をコックピットスクリーンに向け直すと、休憩を挟みつつ課題内容として挙げられていた操作を一から黙々と繰り返しこなしていく。

 So-Linkシステムとは正式名称”Sharing originate-Link”。アストラオーとこのアクティノールのコックピットに備わっている操縦用機能である。

 アルマからの詳細な説明については、システムにパイロット認定された個体の脳波を読み取り、そこから機体の制御へと変換する機構であり、脳波操縦による個人的な感覚の違いによる初期操作習得度合いは異なることになるものの、一定の操作方法までなら特別な訓練などなくても一律同水準レベルまでは扱えるようになるほどに平易化されるものと理解したようである。

 世の中に広まっている多種の機体操縦方法とは一線を画すタイプの操縦方法となっていることまでは説明していなかったのでトオジにはその辺の認識齟齬まで理解は及んでいないであろう。

 戦闘訓練とそれに合わせた他の訓練をトオジに課すとの話で進めていたアルマに険しい表情や雰囲気が見られない以上、今のところ出だしから予定が狂っているような状況ではない様子。

 この地まで移動する際の説明では二日目まで起き上がる歩く走るスラスターから吹き上がる、そこからの着地に旋回そして伏せてはまた起き上がるからを愚直に繰り返し行ない続ける。

 訓練三日目を迎える朝の建物室内にて、壁面スクリーンに映し出されたアクティノールの兵装解説を受けながら直後から行なう兵装使用訓練の予習に入る。

 「どうしました?」

 トオジの視線が気になったのかアルマはトオジに疑問を投げかける。

 「コックピットのみにしかいられないと思ったけどこうして外部活動も行なえるんだなと思ってさ」

 「それは現在普及目前とされているLiSF(リスフ)技術の賜物です」

 アルマが答えたLiSF(リスフ)技術とは正式名称”Living Support Fairy”と呼ばれる全長十五~三十cmほどの数多ある種類からなる生活支援メカのことである。現在一部業界や社会では本格運用が始まっている。

 アルマ曰く、メカボディにアルマのAI意識を植え付けつつアクティノールやアストラオーなどを主塔代わりにすることで遠隔操作を行なっているとのことだが、時間はかけなかったのでボディそのものには何も特殊なことは施されていないとのこと。

 「コホン。 話は逸れましたが改めて主兵装の一つ、O(スラッシュドオー)を説明します」

 アルマは話は以上といわんばかりにわざとらしい咳払いモーションを行ないつつ、メインであった兵装へと話を戻す。

 どうやらO(スラッシュドオー)とはアクティノールの背、それと両肩に付いている盾のように思われる形状をしているもののことであった。

 盾として使用することも可能であるが、その正体は四機の小型機の集りを一セットとする合成盾のことであった。この小型機は四機ともが同じタイプではなく射撃専用二機、突撃メインの妨害支援一機、シールドメインの妨害用途一機からなるとのこと。

 アストラオーなら三セットを一つとする盾形を保持できるだけの機体全長はあるが、アストラオーよりも全長の低いアクティノールの場合は両肩にはそれぞれ一セット分、背には二セット分の集まりを装備している形になっていた。

 話を聞くとアストラオーが初回戦闘した際に不要なのが明らかだったことから特に呼び寄せることもなく、今の今までトオジが扱うことも見ることもなかった。

 「簡単な説明はこれくらいにして実際に使用していただきましょう」

 一通りの説明を終えたアルマは後は直接使用して解決すべしと言わんばかりに質問を受け付けず訓練開始するように促す。トオジもトオジで目を通していた電子情報を閉じると外へと向かい動き出す。


 「……で、これどうやって動かすの?」

 意気揚々と乗り込んだトオジがかたまっていたかと思ったらどうしようもない質問をアルマに投げかける。肩を突き出すポーズや拝むようなポーズでアクティノールからどうにかO(スラッシュドオー)を引き離したかったようだが最終的にできたのは盾として手に持って構えるところまでであった。

 起動についての説明がほしかったら素直に最初に聞いておけばよかったであろうが、新しいことにワクワクしすぎたためであろうか大切なところがすっかりと抜け落ちていた。

 「まだマスターの起動脳波登録できていませんので今は起動シークエンス”オルビス”と仰ってください」

 アルマは半ば呆れたような形で対応を伝える。アルマが呆れたのは電子情報にしっかりと起動シークエンスについての言及もあったのをトオジが読み飛ばしたのかしたのを把握できていなかっただろう己にかはたまた熱中しすぎているトオジにか。