-- vis novus --
「オルビス」
O(スラッシュドオー)の起動シークエンスをトオジが唱えると、アクティノールの周りに計十六機の小型機が一定の間隔を空けて浮遊している状態となる。
その様はまるでアクティノールを中心とした惑星とその周りに寄り添う衛星のようでもある。
「すげえ」
その様子をコックピットから見ていたトオジは今まで目にしたことのないような編隊を組む壮観な景色から率直な感想をこぼす。
「これがスラッシュドオーです」
アクティノールの周りに見とれていたトオジの様子をしばらく眺めてからアルマが声をかける。新しい玩具に心惹かれた子どものように目を奪われていたことに気づいたトオジは、アルマの存在を思い出したかのように視線をアルマへと落とす。
「これらを俺が自由に操ることができるのか」
「無理ですね」
「そっかー無理かー……って、無理なのかよ!」
トオジの期待に満ちた顔色と意気込みにアルマは無情なる一言で切って落とす。
無理なことをやらせることへ即座に抗議の声をあげるトオジはアルマからの説明を要求する。
アルマ曰く、一セット分ならともかく十六機からなる小型機を同時に操るなど人をやめていると断言される。もし同時に操るなら専用のインターフェースないしは小型機の操縦だけに専念すればできなくはない未来もあるがアクティノールという乗機の操作をしながらなど、凡そ人の範疇を凌駕していると言い切られる。
全く扱えないわけではないこととスラッシュドオーの特徴を掴んでもらうこと含めてこれから訓練してもらうのも今回の目的であると改めて告げられる。
アルマからトオジが少なからず意気消沈したように見られたのか、すぐ操縦に促すのではなく補足するように更に言葉を続ける。
スラッシュドオーそのものは基本的な行動AIが入っている為、ある行動目的を伝達をすれば現状遂行可能な範囲で行動する。
ただし、それは初期であればあるほど主機操縦者の行動パターンなどの情報が絶対的に足りていないことから実現イメージからかけ離れたりとできることととの乖離も見られる。それによりスラッシュドオーが取る行動範囲は狭まる。
これはパイロットであるトオジと共に成長する機能であり兵器なのだ、とアルマから教えられる。
「とすると俺の行動パターンを覚えさせればさせるほど意に沿う形で動くようになると」
「その通りです。 そのことが結果としてさも全機操っていると同義になりえます」
「そうあるならやるべきだな」
消沈していただろう姿はどこ吹く風。トオジはスラッシュドオーを展開させたまま先程まで行なっていたアクティノールの基本行動を始める。
座位から始まり立ち上がり歩行に低速スラスター動作を繰り返す。
最初こそアクティノールを中心に浮遊していたスラッシュドオーたちであったが、トオジが行動を開始すると取り残されたようにその場に留まったまま少ししたらまたアクティノールを中心に据える編隊に戻ったりを繰り返す。
少しすると置き去りにされるペースが変わっていく。
どうやら操縦を繰り返すうちにトオジが移動などの動作の区切りにアクティノールとスラッシュドオーが離れたことをに気づく度にアクティノール周囲の展開をイメージしていけているようであった。
あくまでもできているのは覚束ない全機同時行動までとなる。
「これ個別に動かすイメージ全然出ないんだけど」
「最初は起動機体数を最小にすることをお勧めします」
アルマから言われた意味を理解するも操作要領を得なかったトオジは全機を合成盾などの形にし元の装着場所へと戻すも、起動シークエンスを唱えるたびに全機起動させてしまう。
何度か繰り返した様子を見ていたアルマから合成盾の状態にしたうち一つだけをアクティノールに掲げさせ、起動対象の単体起動イメージを意識するようにしてみてはと助言される。
その後、右肩から外した合成盾状態のスラッシュドオーだけを掲げて起動シークエンスを唱える。
今回は掲げた一セット分のみ、四機の小型機がアクティノールの周りを漂う形で展開される。
「マスター、スラッシュドオー各機の説明は不要でしょうか」
「ああ」
アルマから既に一セット内に配される小型機各種の特徴を把握しているか確認される。個別起動に手間取っていはいても事前の説明を受けた情報は忘れていなかったようだ。
「それでしたらあちらを目標に操作してみてはいかがでしょう」
アルマからは即座に射撃タイプ二機による百mほど前方にある大岩と呼べるほどのものに向けて攻撃することを提案される。
トオジは示された目標となる岩を見据えながらゆっくりと深呼吸を数度繰り返し目をつぶる。
数度の深呼吸の息を吐き出し終わったところで閉じていた瞼を開き言葉を発する。
「行け」
一切の無駄もなく短く発された言葉はトオジが意識した脳波に乗ってスラッシュドオーへと伝達される。
アクティノールの傍で浮遊していた四機の内、二機がその場から勢い良く飛び出す。
目標への距離が百m離れているとはいえ飛び出した二機の速度は思いのほか速く、飛び出してすぐ大岩まで残り二十m迫ろうかというところで二機が急に飛行角度を変えて目標の大岩を逸れるように通り過ぎていく。
何もしなかったのかとトオジは目標となった大岩を見るとそこには中心に溶けた大穴を見せる大岩の姿があった。
二機はしっかりと兵装を目標へと命中させていたのである。途中飛行音と違う音が入っていたことにトオジは気づいていなかったがしっかりと目標をその兵器で持って射抜いていた。光もなく発されたそれはビーム兵器であった。
そのことをアルマから解説されることによりトオジはスラッシュドオーの底知れぬ性能に一瞬たじろぐと同時にアルマが前回前々回の戦場に持ち込むことをやめた理由も察せられたようである。まさに過剰戦力となっていたであろう。
初めてのスラッシュドオー起動をした際に発した言葉と同時に何か思い浮かべながらだったであろうがどのようなイメージを浮かべたか、イメージどおりだったかはトオジの脳内にのみ答えがあるのだろう。
その後は四機を交互に動かしたりなどアクティノールの操縦そっちのけでスラッシュドオーの操作に専念する。
いくらか繰り返した後の一区切りにてトオジはアルマに問う。
「なあ」
「なんでしょうか」
「スラッシュドオーって言い辛いし、言ってて語呂悪くない?」
「いえ、特には」
トオジが質問したことは一瞬の考慮が入ることもなくすげない返事となる。
「うぐっ?! いいやこれからはスラッシュって呼ぶからよろしく」
トオジはアルマからの了承の言葉を聞くこともなくこれからの対応について宣言するのであった。
同意を受ける以前に、人が発する上でその言語的特長にマッチしたリズムで言えるか言えないかについてまではアルマの中に情報処理対象として入っているのかは甚だ疑問でもあるのかもしれない。
他愛もないやり取りと休憩を取った後はスラッシュ四機を操作しながらアクティノールの基本動作を繰り返す訓練を始める。
最初は十六機をアクティノールの周りに浮遊させたまま行い、アクティノールの挙動とずれる編隊行動を見せ付けていたところからの反省を踏まえてスラッシュ四機のみを周りに従えたまま歩行や中座姿勢へそこからの立ち上がりや跳ねるなどの基本動作とスラッシュとの挙動をすり合わせるように何度も反復していく。
大型人型による歩行や跳ねるのみしかしない訓練は周りから見れば地味以外の言葉は出ないであろう。
だがこの様な基本的な行動こそが何事においても大切なことであり疎かにできぬところ。トオジ自身もそれは身に染みているからか特に不満を口にしたり態度に出したりせずに黙々と取り組む。
朝から取り組み日が暮れるまで続けていると最初の頃がなかったかのように見違えるほどスラッシュを従えながらアクティノールの操縦ができていた。
翌日、またも朝から基本を繰り返すトオジにふとアルマが疑問を投げかける。
「昨日のスラッシュの攻撃威力に腰が引けてます?」
そのものずばりの核心を突く質問をされたことによりトオジはアクティノールとスラッシュの操縦をぴたりと止める。
「そりゃあ躊躇うだろう!」
半ば逆ギレの返しであった。
ちょっと前にEOLをボロ雑巾も真っ青なほどにズタボロにした者とは思えぬリアクションである。
「対EOL戦の時には存分に乗り切られたと思いますが」
「そりゃあお前、あんなどこの馬の骨とも分からん奴らに自分の住んでるとこ蹂躙されたらやり返したくもなるだろ」
アルマの率直な質問にトオジはなかなか血気盛んさを伺わせる反論をする。
「何よりそれとこれとは別だ」
トオジは続けて心情を吐露する。曰くあの威力を出せるものを操縦ミスった時にどうなるかを考えたら訓練であってもそういきなり使うのは躊躇うと。
「それでしたら周りに影響を出さない目標を用意しますのでそちらにご使用ください」
アルマはトオジがスラッシュを使用することに渋るか訓練の為に使用する際に要求されるかを見越してなのか訓練用の的を用意していたようである。
トオジから言い出すまでは出さない気だったのか段階を踏んだ後に出すつもりだったのかは不明である。
アルマが何かを操作したのか、アルマが指し示した先には寝泊りで使用していた建物に隣接していた倉庫のようなところから鈍く光る黒色の球体が出てきたと思ったら、ゴム素材を強引に丸型へ圧縮していた反動のように突如四本の突起が広がる。突起はそれぞれ腕にも脚にも見え、まるで膝を抱えた人だったのかと思わせる姿勢から大型の姿を現す。
大きさはアクティノールにやや届かないだろうもののそれでも十mは超す高さを有する大きさである。
一見すると広がった突起も全体からもマニュピレーターのようなものは見られず、全身が滑らかなプラスチックの様なものにも見えなくもない。胴体部のみ大型の球形一つで形を取り、手や脚と思われる突起は胴部よりもだいぶ小さい球形が何個も連なってくっついている様な不思議な造りを見せる。
「こちらパウンドバウンドです」
「パウンドバウンド?」
「はい、兵器を用いた訓練の的として用いる自動型受容機体です」
アルマはパウンドバウンドに向けてスラッシュの攻撃を当てるようにトオジに促す。
トオジは渋々ながら出されたパウンドバウンドへ向けて昨日以来の目標への攻撃を行なう。
既に四機なら言葉も発することなく起動させられているトオジはパウンドバウンドに意識を向けたと思ったら昨日と同じように二機を先行させて目標への攻撃を放たせるようだった。
これまた同じように目標へ向かった二機は目標へ残り二十mほどになると進行方向をずらし目標を逸れるよう目標の脇を飛び抜けていく。
昨日は溶けるほどの熱量をもって大岩に大穴を開けていたが、パウンドバウンドは何もなかったかのようにその場に微妙に揺れたままとなっていた。
「これがパウンドバウンドです」
そこには胸を張って若干自慢げな雰囲気を出すアルマ。さながらドヤ顔をされながら言われた感じがすると受け取れるであろう。
「色々ツッコみたいが、用意周到すぎだろ……」
トオジはここまで来た展開の早さに半ばなれていただろうが、それでも漏れる呆れとも疲れとも取れる一言を呟く。
「これは反撃とかもしてくるのか?」
「パウンドバウンドには攻撃オプションはついておりません」
完全に的になるためだけに存在していると言い切られる。
パウンドバウンドとは戦闘訓練の受け特化させる為だけに生み出されたとのこと。
その機能は物理的な損害を出さないことを第一とした見た目どおりに発生する衝撃は吸収させビーム兵器なども無効化させる力も備わっているとのこと。
「むしろこいつの方が強いんじゃないか?」
「いいえ、極端な物理吸収以外の無効化機能は当機などからの流用です」
ビーム兵器の無効化についてはアクティノールにも備わっており、当然ながら元々の機体のアストラオーも備わっていることを示唆される。
EOLが光学兵器を使用してこなかったので見せることはなかったようである。
とてつもない事実を告げられているもののトオジはパウンドバウンド相手ならスラッシュを躊躇いなく使えることの理解にしか意識が向いていないのか、パウンドバウンドへ向けて何度かのスラッシュによる攻撃行動を取らせて重ねての確認をしていた。
スラッシュのビーム射撃による効果が無効化されることを確認したトオジはアクティノールをパウンドバウンドの前まで進ませると流れを止めることなく、アクティノールの両脚を肩幅まで開かせ軽く膝を曲げ腰を落としたところから右腕を腰横まで引くことで溜めを作ってから右拳をパウンドバウンドの中心に向けて突き出す。
アクティノールの右正拳とも呼べる攻撃を受けたパウンドバウンドはその巨体をくの字に曲げながら弾き飛ばされるやいなや衝撃を受けた点を中心とさせた後方宙返りを決めるとその勢いのまま地面へと打ちつける。
地面へ打ち付けたパウンドバウンドはその勢いを今度は跳ね上がる力へ変換させ前方宙返りを行い、その場で姿勢を整えるように何度も跳ね上がる。
まさにバウンドしていた。
その挙動に呆気に取られていたであろうトオジは再度確かめるようにアクティノールを左から右へと腰部を回し一瞬の溜めを作ったところから、腰部を左へ勢いよく回転させつつ左脚を軸としたまま蹴り上げた右脚をパウンドバウンドの左中段側面へ叩き込む。
今度は左側面の衝撃からくの字になったパウンドバウンドは先程の後方宙返りが側転宙返りに変わったのみで同じように宙返り後に地面に打ちつけた勢いそのままその場で飛び跳ねつつ元の立位体勢へと戻す。
スラッシュのビーム兵器も問題なくいなし、アクティノールによる強烈な物理攻撃も無効化して見せたパウンドバウンドを目の当たりにしたことによりトオジの躊躇いは解かれたのであろう。そこには凄いだの面白いだの呟いているトオジがいた。
アクティノールに搭乗するトオジはパウンドバウンドから距離を取り、改めて対峙する。
これよりパウンドバウンド相手としたより本格的な戦闘訓練が始まろうとしてた。